悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (282)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十七

宇宙の話から始まったヤツの大仰(おおぎょう)な前口上(まえこうじょう)に、うんざりした顔もできず、ぼくはただ黙って聞いているしかなかったわけだが‥‥ そこまで語り終えた『葉子先生の顔』が、笑いを堪(こら)えているみたいに引きつり出した。

「 おまえは‥ この期(ご)に及(およ)んでも、『全ては他人事』みたいな顔ができるんだなぁ 」
「 そッ そんなことはないさ‥ 」 ぼくは取り繕(つくろ)う。
「 オレはおまえのパートナーだと言ったが、そうならざるを得ない理由がちゃんとあるんだよ‥‥ 」

「 ‥まあいい 」 ぼくがやはり黙ったままでいると、ヤツは諦めたみたいにそう口にして、説明を再開した。

「 確認のために‥もう一度言っておくが、オレはおまえが考えるような『生き物』ではない。生きてはいないし、死んでもいない。存在はしているが、決まった姿形(すがたかたち)を持たないし、物質で構成されていないので質量もない‥‥ 」
「 そうだった。まるで掴(つか)みどころがないんだな‥ 」 茶化しているのではなく、本音だった。
「 ああ。確かに掴みどころがない。 だからこそだ。オレのようなもの達は、どこでも存在できるし、時空を超越して、どこにでも漂いながら流れて行ける 」
「 漂い?‥ 流れて行ける?? 」
ぼくが繰り返してしまったこの表現が、もっとも特異に思えた。

「 オレの存在とは、『時空に漂う意思』‥‥とでも言っておこうか。漂いながら、時には時空の捻(ね)じれや歪(ゆが)みから生じる流れに飲み込まれ、引き寄せられて行く。それはまったく、オレの意志とは関係なく‥巻き込まれる様にただ流されて行く‥‥‥ 」

「 ‥‥もしかして‥ 今回流されて行き着いた場所というのが‥‥ ぼくの‥‥ 」
「 ああ。 おまえの『精神世界』。 つまりおまえの心は極限近くまで捻じれて歪み、破綻寸前(はたんすんぜん)だったということだ 」

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (281)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十六

「 主体はおまえだ。おまえの精神が抱える破綻寸前(はたんすんぜん)の歪(ゆが)みが、オレをここまで引き寄せた‥‥ 」 腕組みをしたままのヤツが言った。

「 引き寄せた‥だって? 」
「 そうだ 」

「 なぜそうなる? ぼくは今までおまえの存在など知らなかったし、おまえを望んだり必要としたりなど考えつくはずもない‥‥‥ 」
「 ふん 」高木セナの顔をしたヤツが、鼻で笑った。「 オレも同じだ。おまえに引き寄せられるまで、おまえのことなど何一つ知らなかったさ 」

「 だったら!なぜだ? なぜおまえは、ぼくの心に紛れ込み、居座(いすわ)った?? 」
「 ‥それは な‥ 」 そう言いかけていきなり、ヤツの顔や体全部の輪郭がぼやけ出した。
まただ。また例の『モーフィング現象』が始まったのだ。高木セナの姿がねじれる様に流動変化し、あっと言う間に新たな大きさと形の別の姿が出現していた。

「 何も知らないヒカリくんのために、先生がちゃんと説明してあげましょう 」
目の前に現れたのは誰あろう、この遠足にクラス担任としてぼくらを引率して来た『葉子先生』その人だった。

「 おいおい、今度は葉子先生なのか。だがな‥ 本当の葉子先生はそんな容姿はしていない。おまえが今成り済ましたのは、ソラが生前しばらく診てもらっていた病院の、女医『先生』の姿なんだよ 」
「 そんなこと知っています! これも『あなたが書いたシナリオ』に則(そく)した表現じゃないの!今更自覚してないなんて言わせないわよ!! 」
「 ‥‥わかった。わかったから、その声音(こわね)と言葉遣いだけでも止めてくれないか? 」
ヤツはぼくをからかってる風でいて、明らかに腹を立てていた。ぼくは、ヤツの気を静めるつもりで下手にまわり、ささやかな譲歩を求めた。

「 ふん‥ 何も知らないおまえのために、オレがなぜここにこうしているのかを説明してやろう 」
ヤツの声と言葉遣いが元に戻った。こんな大人になってから、『先生』と呼ばれる頭の上がらない女性に、面と向かって叱られるという『経験したくないシチュエーション』は、いくらか軽減された。

「 おまえには想像もできないだろうが‥‥ 例えば宇宙の、星と星との間の何も見当たらないような空間でも、実際には様々なものが漂うみたいに存在していて‥‥ その存在が、後々(のちのち)の宇宙の進化や退行などの決定的な変化に深くかかわる『鍵』となりうるものであるなどと‥‥ 誰が予測できようか‥‥‥‥ 」 ヤツが語り始めた。 

次回へ続く