創作雑記 (5)

今回は、悪夢十夜 第三夜「流星群の夜」をお休みして、作中で触れた『三大流星群』について少しだけ書いてみたいと思います。

私は格別の天文ファンではありませんが、田舎育ちのせいで小学生の頃から綺麗な星空を見続けてきて、いつの間にか星を観るのが好きになっていました。
日食、月食、彗星、火星大接近等々、イベントには事欠かない天文現象ですが、その中でも流星群は一年を通して何度か見る機会もあり、数多くの流星を目撃できた時の劇的とも言える体験には心躍るものがあります。
三大流星群と呼ばれる『しぶんぎ座流星群』『ペルセウス座流星群』『ふたご座流星』は出現する流星が多く、天体観望には打ってつけです。
因みに各流星群の呼称は、その『放射点』にある天球上の星座の名で、その星座を構成する星々が関係する流星が降ってくるわけではありません。それぞれの流星群には『母天体』と呼ばれる彗星や小惑星(いずれも太陽を中心とする周回軌道を持つ太陽系の一員。彗星などは長い周期の極端な楕円軌道をとって太陽に接近し、太陽を回ってはまた遠ざかって行く事を繰り返している)があって、その活動によって放出されたダストが地球の大気に飛び込んで流星となるのです。ダストが放出され残されている母天体の軌道を、一年の公転周期を持つ地球が定期的に通過するわけですから、毎年同じ時期に各流星群は出現します。
しぶんぎ座流星群は12月28日から1月12日に期間に出現し、最も多い数の流星が期待できる『極大』は1月4日頃です。ペルセウス座流星群は7月17日から8月24日で、極大はお盆の8月13日頃。ふたご座流星は12月4日から12月17日で、極大は12月14日頃です。

ここからは蛇足。
天体観望に関して自分の人生を振り返って見ると、絶好のコンディションに恵まれた中、ゆっくりと星空を眺める事ができる機会など、そう何度も訪れるものではありません。仕事が休みでたっぷりと時間があるのに天候に恵まれないとか、晴れて雲がなくても満月の光の支配に邪魔されるとかです。それにそもそも、長くただじっと星空を観ていられる心を持っていられるかどうかで、歳を取れば取るほど心の余裕みたいなものが無くなっている気がします。
こんな事を考えていると私は決まって、高校生の時に読んだH.G.ウエルズの短編を思い出します。題名は忘れてしまいましたが『扉』の出てくる話で、塀かなんかに突然『扉』があると言うか、見つけるのです。主人公は幼い頃一度その扉をくぐった事があって、確か花の咲き乱れる庭の様な場所だったかな?それと誰かいたかな?(随分とうろ覚えで申し訳ありません。今確かめる術が無い‥‥)はっきり思い出せないですがそんな空間に迷い込み、至福の時を過ごした経験が忘れられないでいます。もう一度そこへ行きたいと願って『扉』を探すのですが、見つけられないで時が経っていきます。そして、その『扉』を見かける日が来ます。それも違う時と場所で複数回。しかしそのタイミングは決まって、『主人公の人生にとっての重要な目的』を果たす為に急いでいる時で、寄り道のできない状況なのでした。つまりは選択なのです。着実な人生を歩むか、それを捨てて『扉』をくぐり、ふたたび至福の時を味わうか‥‥。着実な人生を選択した主人公は歳を取ってから、『扉』をくぐらなかった事を後悔します。そしてその後悔が主人公の行動を、余りにも切な過ぎる悲劇(ラスト)へと導いていくのです‥‥‥‥‥‥‥

絶好の星空をゆっくり眺めていられると言うのは、もはや何かを捨ててしまわないと実現できないほど貴重な時間なのかも知れない‥‥‥。最近はそんな事を考えてしまう訳です。

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (97)

第三夜〇流星群の夜 その十一

彼女は、彼女の父親が彼なりの何らかの答えに辿り着いていたと信じている。それはつまり彼女が、父と母両親の相互の愛を信じているからで、彼女の信じている二つの事柄は、僕には同じ意味に思えた。
しかしどうやら今の僕は、そんな彼女を納得させるだけの知識も能力も持ち合わせていないようで、彼女の僕を見る目を受け止めきれないでいる。

ただ、彼女の気持ちに寄り添う事はできるはずだ。ベストとは言い難い、僕なりのやり方になってしまうであろうが‥‥‥。
僕は彼女に、やや北寄りの星空を指し示した。
「メドゥーサを退治したペルセウスは死後、女神アテナによって天空の星座となったんだ。ほうら‥そのペルセウス座なら、あそこにある」
ほとんど動くことのない北極星を中心に、円を描いて夜空をゆっくりと移動していく星々。北斗七星とカシオペア座は判りやすい配列からすぐに見つけられ、真北の空にある北極星の位置を知る手掛かりとなる。そのカシオペア座の『W』の形の二つのとんがりの左の方を、天の川の流れに沿ってオリオン座のある南に向けて少しだけ辿っていくと、『ペルセウス座』がある。派手に輝く1等星を持つ星座ではないが、三大流星群の一つ、『ペルセウス座流星群』の放射点である事と、『悪魔の星』の意味を持つ変光星アルゴルが存在する事で有名である。
ペルセウス座の星の配列にペルセウスの雄姿を投影した時、ペルセウスは片手に剣をかざし、もう片方の手に自らが切り落としたメドゥーサの首を持っていて、アルゴルはその首の目の部分に当たるのだ。
「明るい星が二つあるよね。二つとも2等星なんだけど、右側のペルセウス座 β星 アルゴルはちょっと変わった星でね、食変光星て言って二個の恒星がお互いの周りを回っていて、そのせいで見かけの大きさや明るさが変わるんだ。不気味な怪物メドゥーサの目だと言われている。つまり、『メドゥーサの首』はあそこにある‥‥‥」
淡々と解説をする僕の横、彼女は黙ったままその星座と星を見上げていた。
「君の父さんが口にしていた『メドゥーサの首』は単なる比喩表現で、星のことではないと思うけどね‥‥」
「分かってる。でも‥‥‥宇宙が、今地球上で起こっていることと無関係ではない気がする」
「‥‥‥‥なるほど」僕は彼女の父親が残していたメモ書きに、もう一度目を落とした。確かに並んだ言葉だけを見ると、そう言う気がしてくる。

彼女の父親の考えでいた事を確かめるのは、もはや不可能だ。それに、世界中の優秀な学者 研究者が挙(こぞ)って血眼(ちまなこ)で探し求めている答えが、こんな『たった一枚の紙切れ』の中に収まっているとも思えない。
「直観と‥‥‥想像力‥‥‥‥か」僕はなぜかそう呟いてみた。
「そう‥‥‥‥。まるでよく当たる‥‥占い師みたいだった」彼女がそう返した。
「そうか‥‥‥‥‥」

‥とその時、僕と彼女の頭上を一筋の星が流れた。

僕は北の空に捻っていた上体をもとに戻して、南に向き直った。そして、オリオン座の左に並ぶ『ふたご座』に目をやり、三大流星群の一つ、一年を通して最大の流星群である『ふたご座流星』の時期が間もなくやって来るんだと思った。
さらにはぼんやりと‥‥・、もしこれから今の事態に輪をかけた何かが地球で起こりうるとしたら、それはこの目の前の宇宙からもたらされるものであるかも知れない‥‥‥‥と思った。

次回へ続く