シン・ゴジラについて書いてみたくなりました

ご覧いただいた絵は昨年、映画「シン・ゴジラ」を観て興奮冷めやらぬままペンタブレットで描いてしまったものです。
タイトルは「鎌倉上陸」。

先週地上波初放送された記念に、今回は「シン・ゴジラ」について書いてみます。

私たちの世代は怪獣ブームの中で育ちました。幼い頃から怪獣映画がやって来る度に町のあちこちに張り出されるポスターに胸を躍らせ、テレビでは本放送はもちろん再放送も一話たりとも見逃さないほどの執着ぶりでした。
ゴジラシリーズはまさに中核で、ほとんどの作品を映画館で観た覚えがあります。

ただ幼い頃はそれで良かったのですが、成長し様々な価値観が芽生えるに至って、ゴジラが回を重ねるごとに正義の味方となり、フォルムもどんどんと劣化していく事に気づき熱が冷めていきました。

第二期といわれるシリーズ第16作「ゴジラ」(1984年)が封切られた時大人になっていた私は、リスタートされるはずの新作に大いに期待を寄せ映画館に足を運びました。しかし正直満足のいく作品ではなく、おそらくゴジラ好きの作り手の方々が思い入れし過ぎてかえって皆で駄目にしてしまったという印象です。
17作、18作目は私の好きな大森一樹監督作品だったのでやはり足を運び、それなりの満足でその後もシリーズを観続けました。

時代は平成に移り、ここで怪獣映画界に一陣の風が吹きます。「平成ガメラ三部作」の登場です。目からうろこが落ちました。私が幼いころから求めてきた怪獣映画がそこにありました。
監督は金子修介氏、特撮は樋口真嗣氏です。
ご存知の通り樋口真嗣氏は「シン・ゴジラ」の監督でもあります。

日本のゴジラシリーズは2004年「ゴジラ FAINAL WARS」で一応の収束をみて、いよいよ2016年がやってくるのです。
その4年前2012年庵野秀明氏が館長をつとめた特撮博物館で上映された短編映画「巨神兵東京に現わる」は脚本を庵野氏、監督は樋口氏。お二方はおそらく怪獣映画で育った同年代です。
庵野氏の代表作「新世紀エヴァンゲリオン」だけではなく、私はここに「シン・ゴジラ」の予兆をみました。

長くなりましたが
「シン・ゴジラ」を映画館で観終わって席を立つとき、思わず「生きてて良かった」という言葉が口から出てしまいました。
これが私の「シン・ゴジラ」の感想のすべてです。

現代百鬼夜行絵図 説法

「現代百鬼夜行絵図」のコンセプトですが
昭和という時代に水木しげる先生が、ご存知「ゲゲゲの鬼太郎」などの漫画という表現を通して「妖怪」という、江戸時代までに絵師  鳥山石燕らによって様々にまとめられた世の中の怪異伝承を次々によみがえらせていったように
世が平成に移り、果たして「彼ら」は今、何処でどうしているのかと問うてみた時に始まったストーリーです。

すでにブログ上の未収録作品でご覧いただいている「目目連」(1997年ウルトラジャンプ7号)が第一作目で、2013年に描いた「傘化け」(ホーム社新耳袋2013年秋号)までで17作を数えました。
以下が発表順リストです。
「目目連」
「垢嘗」
「見越し」
「人面樹」
「高女」
「ぬっぺっぽう」
「震々」
「夜楽屋」
「毛娼妓」
「天井下」
「口裂け女」
「一本ダタラ」
「幽霊」
「大首」
「死神」
「ろくろ首」
「傘化け」

「目目連」を執筆し始めたころ、当時の担当編集者さんが水木しげる先生の担当でもあって、このシリーズの最終話は「鬼太郎」でいこう、鬼太郎が今どうしているか描いてみよう、などと盛り上がって、その時はぜひ水木先生に許可をいただこうと話したのを思い出しました。
水木先生はお亡くなりになられましたが、少なからぬ敬意とともに心からご冥福をお祈りいたします。
「鬼太郎」を描くまでシリーズは続けていくつもりでいます。