悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (61)

第二夜〇仮面 その五

熱狂的なファンの文音と凪子に引きずられるかたちで私も、放送中だったアニメ「天と地と僕と」を見始めて毎週お話を追う様になった。
グループのみんなで修学旅行の自由行動の行先をここに決めた時も私は、何の興味も示さない陶子 沙織 実奈の三人よりも遥かに前向きになれていたと思う。そしてせっかく「聖地巡礼」に行くのだからと、文音 凪子の二人とあとの三人の温度差を出来るだけ埋めるべく、お話の中の面白いエピソードを見つけては陶子に、沙織と実奈に、良いタイミングで聞かせる様にしていた。
つまり私は、みんなで一緒に楽しく自由行動をして、みんな一緒の良い思い出にしたかったのだ。

そうまでして今日を迎えたと言うのに、とんでもない事になってしまった‥‥‥‥

また涙が込み上げてきた。私は顔をクシャリとしかめる事でそれをどうにか堪(こら)え、しっかりしなきゃと顔を上げて歩き続ける。

迷いようがない一本道が続いているだけだったが、私はまるで迷路を彷徨(さまよ)う気分だった。閑散とした街の景色がますます私を精神的に孤立させる。道路の両側に並ぶお店はどこも開店休業状態で、ここが果たして観光地なのかと疑いたくなる程だ。
兎にも角にも歩を進めるしかない。土産物屋のおばさんの指示に間違いがなければ、「噂のおじいさん」がいる骨董屋の看板がそろそろ左手に見えてきてもおかしくないはずだ。そう思って顎を上げもっと前方に視線をやると、看板ではなく、大きな木製の板が店の並びが途切れている空間に建っているのが目に入った。
それは「観光案内地図」だった。

私は足を止めその地図を眺めてみた。
そう言えば‥‥アニメ「天と地と僕と」との関連性ばかりに気を取られていて、ここが本来どういう場所であるのかまるで知らなかった。良質の温泉が出ている温泉郷なのか?あるいは歴史を感じさせる名所旧跡がある観光スポットなのだろうか?‥‥‥‥‥
地図はペンキで描かれていたが、長い間風雨にさらされたせいか色あせ所どころが剥げ落ちていて、手入れをされた形跡もない。判読できない部分が多々ある。
板の左下から中央に向かってうねうねと描かれた一本の太い線が、今歩いている道路だという事は判った。その線であるが、右上へさらに伸びて行き、途中から「点線」に変わる(ペンキが剥げているのではなくて‥)。その先は、大きな山の絵の中に消えていた。「この点線は‥‥山道てことかしら?」私は、手入れを怠っている状態への抗議の意味を込めて、あからさまな独り言を言った。
ため息を一つして、実線が点線に変化する辺りまで目線を戻す。その左右には絵がいくつか描かれていて、地図の中では一番賑やかな場所に見えたからだ。
まず判別できたのは「鳥居」の絵である。神社があるのだ。添えられた文字は‥・「ひ・る・こ」とだけ読める。そのすぐ上には「ゾウリムシ」みたいな青い物体‥‥‥。たぶん‥「池」か「沼」だと思われた。一番難解だったのは、「歪(いびつ)な灰色の団子」をいくつも無造作に寄せ集めた様な奇怪(きっかい)な絵‥‥‥‥。名称の文字部分は完全に剥げ落ちてしまっている。
私はしばらく首をひねった後、思わず声を上げていた。
「たっ、胎内くぐりだ!そうだ胎内くぐりだ!」

声を上げたのは勿論(もちろん)、それが「天と地と僕と」に登場する場所だったからだ。
大きな岩がいくつも組み合わさった様にして出来た狭い洞窟、それが「胎内くぐり」だ。実際はちゃんと出口があるのだが、主人公の「ワタル」はこの洞窟をくぐろうとして、異世界である「獣神界」へと迷い込む。

「文音と凪子は‥‥胎内くぐりをするのを一番の楽しみにしていたんだ‥‥‥‥‥」

私は我に返った様に、観光案内地図の前から離れた。
先を急ごう。早く「骨董屋のおじいさん」に話を聞いてもらって、何らかの打開策を見い出すんだ‥‥‥‥‥‥。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (60)

第二夜〇仮面 その四

「最近‥‥よくあるんだよ‥」
それが、「私と行動を共にしていた五人の友達が突然顔だけを残して消え失せた出来事、いや事件と言ってもいい」への店のおばさんの返答だった。

つまらない世間話でも始まりそうな台詞。私はおばさんの、深刻さの欠片も感じられないその凡庸(ぼんよう)な言葉に少々面食らったが、しかし同時に、もしかしたらこの事態を収拾するのは簡単で、すぐにその方法を彼女の口から聞けるかも知れないという期待を持った。
だがその期待はすぐに裏切られた。おばさんが次に口にしたのは、まったく突拍子(とっぴょうし)もない指摘の言葉だった。
「もうあんたは‥その友達らに会えないだろうよ。諦めな」

「えっ?えっ?どういうことですか???」
「だってそうだもの。今まであんたと同じ目に遭った人たちはみんなそうだったもの。仕方ないよ」
いとも簡単に突き放されたかたちの私は泣きそうになった。思わずその場に座り込んでしまった。
「どうしよう‥‥どうしたらいいの?もうわけが分からない‥‥・」
おばさんはそんな私に対して、ここで初めて気の毒そうな顔をして見下ろした。

「困ったねえ。そりゃあ困るだろうよ‥」
「‥‥修学旅行で来たんです。時間までに集合場所に全員一緒で帰らないと‥・きっと大騒ぎになります‥‥・」私は手の中にあるみんなの顔を、涙で霞んでいく目で見つめた。

「‥もう一度探してみます。警察の人にも相談してみます‥‥‥」私は独り言の様なか細い声でそう言って、ふらりと立ち上がった。みんなでここへ歩いてくる途中、玩具のプラスチックブロックの白と黒で拵(こしら)えたみたいな小っちゃな交番があったのを思い出していた。
おばさんが首を振った。私に忠告する。
「警察に頼んでも無駄だよ。消えた人達は行方不明になったわけじゃあないみたいだからね‥。どうも姿を消した後でも、元の場所で普段通りに生活してるらしい。あんたの友達らもたぶんその集合場所に時間通りに現れて、何の騒ぎにもならないはずさ‥・」
「????」私は目を丸くした。「いっ、言っている意味がわかりません」
「要するに、消えたのは顔を拾ったあんたの前からだけで、これからずっと会えないのもあんただけだって事だ。不思議だね」
「ますますわかりません!」
一つ一つの言葉の意味がこんがらがって繋がらない。私は頭が混乱した。

そんな私にお構いなしにおばさんは続ける。「骨董屋のじいさんが上手い事言ってたよ。落とした顔は仮面だったんだって。仮面が外れて透明人間になったんだってね」
「か‥・仮面?」
「ああそうだそうだ。そのじいさんに聞くといい。商売人にしちゃあ取っつきにくい学者肌の偏屈者だけど、あたしや警察よりはずっとマシだよ。ちゃんとあんたの相談に乗ってくれるだろうよ」

 
私は背負っていた小振のリュックを降ろし、みんなの顔を中に仕舞った。因みにそのリュックは、自由行動の際に使おうと凪子とお揃いで新調したものだった。
「ありがとうございました。早速行ってみます」
頭は混乱したままだったが、私はリュックをしっかりと背負い直し、おばさんに丁寧に頭を下げて店を出た。

道路には相変わらず人の姿は無い。
「仮面‥‥。仮面が外れた透明人間‥‥‥か」
私は一本道を、おばさんの指示通りに右に歩き始めた。確かこの先の向かい側の並びに、目指す骨董屋があるはずだ。

次回へ続く