悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (4)

序〇糞(ふん) その四
「‥ここいらは‥・奴ら霊獣の通り道だからな。気紛れに糞を落として行きやがるのよ‥‥」
興味津々といった体で覗き込む男に、棒を動かす手を止めることなく少年は言った。

「霊獣‥・て、君が言っているのは、伝説とかに出てくるあの夢を食べる獏のことなのかい?」
「ほう、飲み込みが速いじゃねえか」

少年は、棒で選り分けた糞を、素手でさらに細かく砕き始めた。
「獏の野郎、夢を喰って生きてやがるんだが‥‥・」
指で糞の欠片をつまんでは捨てつまんでは眺め、少年は何かしらを吟味している。
「人間の夢てのは特別でね‥妙な添加物が紛れ込んでいるもんだから消化に時間がかかるのよ。特に悪夢なんてのは、悪夢が悪夢なほど消化不良のまま、糞に紛れて出しちまう‥‥」
少年の手が止まった。

「おっと出た!」

少年は糞の欠片の中から、丸薬のような黒い玉をつまみ上げた。
 「ほう‥こりゃあ上物だ」
「つまりそいつは、消化されなかった人間の‥」
男が身を乗り出して口を挟んだ。
「そうさ、悪夢の塊。こいつは今日一番のとっておきの悪夢だぜ」
肩に掛けていた布のバッグから、コルクでふたをした透明な広口瓶を取り出す少年。ふたを開け、つまんでいた黒い玉をそれに落とす。
瓶の中にはすでに、同じような黒い玉が半分程貯まっていた。

少年の妄想・・・・・にしては良く出来た話だ、と感心すると同時に、これはやっぱり昆虫採集みたいなものじゃないか‥‥男はそう思った。
昆虫採集は、カブトムシやクワガタを捕ることだけが楽しいわけでは無かった。蝉の抜け殻や謎の卵塊、正体不明の毛虫、何でもかんでも虫かごやポケットに入れて持って帰った記憶がある。

男は、そもそも自分がなぜこんなところにいるのかを考えた。
営業先で、取り付く島もない相手に頭を下げ、へつらう毎日にうんざりしていて、だから自分はここに、こんな田舎に休暇に来たのだろうか‥‥
きっとそうだ。たまには童心に帰って虫捕りでもして、自然の中でリフレッシュするつもりで‥‥‥
少年が自分を遠ざける素振りも見せず、ぶっきら棒ではあるもののあれこれと話し出したのは、事情を察して自分を誘ってくれているのかも知れない。

男は嬉しくなった。
たとえ少年の話が何から何まで噓っぱちで、瓶の中味が全部ダンゴムシだったとしても、それはそれで愉快だと思った。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (3)

序〇糞(ふん) その三
「フン?‥・フンて‥動物のウンチのことかな?」
男はからかわれていると思い、おどけて返した。

少年は男の方を振り向きもしない。相変わらず手にした棒で、土くれのようなものを突つきまわしている。


そして言った。
「糞は糞さ。ただ、あんたが考えてるような生き物の類(たぐい)の糞ではないがな‥‥」
少年の声は変声期前のそれであったが、一つ一つの言葉は落ち着き払っていて、幾分の威圧感すらともなっていた。

「ほう‥何かすごそうだ。きっとその糞には秘密があるんだ‥‥」
「ああ‥・。こりゃあ獏の糞だからな。」
「バク?」
少年は手を止めて立ち上がり。前方の何かを見定めてゆっくりと歩き出した。
男は、バクってあの獏かい?と問おうとしたが言葉をのみ込み、しばらくは黙ってついて行くことにした。

ガサガサと棒でかき分けながら、丈の高い草が生い茂る中へ入って行く少年。男も迷わず後に続いた。

「‥‥よほど興味があると見える‥」やはり振り向きもせず、少年は呟いた。

「そうら、見つけた。」
ぽつんと一本の木が根をはる木陰、少年は再びしゃがみ込んだ。
「今度のは当たりかも知れねえ・・・」そう言いながら、先ほどと何ら変わらぬ土くれに見える「糞」を、棒で突つき始めた。

次回へ続く