悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (16)

時に夢は‥・忘れていた過去を運んでくれる。
懐かしい忘れ物として郷愁に浸れるのなら吉。
そうではなく、心の何処かを酷くかき乱されたなら‥‥・夢は悪夢である。

第一夜〇タイムカプセルの夜 その一

‥‥どうやら、同窓会があったらしい。

小学校の同窓会で、ほぼ十年ぶりの再会?‥‥‥
俺が覚えているのは、そのうちの恐らく半分ほどのメンバーで向かった居酒屋での二次会からである。
みんなまだまだ飲みなれてはいない酒だったが、かなり入っていて、バカみたいに盛り上がったのが当時の特撮ドラマやアニメのキャラクターについての話だった。さらに話は巡り巡って、誰かが人間の「性善説」「性悪説」について大いに語りだした頃には、一人二人と脱落者が出始めていた。
俺も酔っぱらっていて、眠くなってきていた。そんな時、もう一人の誰かがこんな事をぼそりと口にした。
「‥卒業記念にタイムカプセル‥‥埋めたよな‥‥‥‥。あれって、いつ掘り返すんだ?」

次の瞬間、俺たちは真夜中の母校の校庭に立っていた。

小太りで小柄の小川が、シャベルを三本調達して来た。今は家業のお店で働いているらしい。
「いつも気が利くじゃないか」一流大学を現役で合格した山崎が、そのうちの一本を受け取った。
「俺にまかせろ」もう一本を木村が受取リ、軽々と振り回した。小学生の時クラスで一番小さかった奴が、今は一番の大男に変貌を遂げている。
「で‥‥どこ掘ればいいんだ?」
「え?」
「あれ?そう言えば‥どこ埋めたっけか‥‥」何をやる時も一緒の女子二人、高橋と山本が相も変わらず手をつないで、一緒に辺りを見回した。
ポン、ポココ‥と音がした。
一同目を向けると、グラウンドの真ん中あたりで我関せずというように誰かがサッカーボールと戯れている。島本だ。当時から影の薄い奴で、卒業後何度か死亡説が流れていた(あれ?結局本当に死んでたんじゃあなかったっけか‥‥)。

「委員長に聞いてみればいいよ」
そう提案したのは、かおりだった。
「か、かおり。何でおまえがここにいんだよ⁈」俺は思わず問いただした。だってそうだろう‥かおりは俺の高校生の時の彼女で(ちなみに、こっぴどい振られ方をした‥)、小学校の同窓会とは無関係だ。

「答えてよ、委員長」
質問を無視して、かおりは真っすぐ俺の方を見て言った。
他のみんなも俺の方を見た。
「おいおい、待てよ。俺は委員長じゃあ‥」
「ごめんなさい。私にも記憶が無いわ」俺の背後から女の声がした。

振り向くと、俺の真後ろに委員長が立っていた。
俺はその日、初めて彼女に会った気がした。綺麗な長い髪はそのままに、すっかり大人になっていて‥眩しかった。
「みんな覚えてないみたいだから、埋めそうな場所を手当たり次第に掘るしか無さそうね」

どういう訳かそんな理不尽な委員長の言葉に、みんなは素直に従った。
あちらこちらに散らばり、思い思いの場所を掘り始めた。
小川が、いつまでも動き出さない俺に、黙ってスコップを手渡した。
俺はしょうがなくそれを受け取ったが、みんなに言ってやりたい一言が喉まで出かかっていた。

俺たちって‥‥そもそもタイムカプセルなんか埋めたっけ??‥‥‥‥

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (15)

序〇糞(ふん) その十五(最終話)
ぐはううっつ!
奇声とも呼気ともつかないものが、口から迸(ほとばし)り出た。
その残響が自身の耳から消え切らないうちに、男は目を見開いていた。

「‥‥‥‥‥」
部屋の天井が見える。
無造作に閉められたカーテンの隙間から、夜明けを告げる淡い光が漏れている。
男は混乱した頭で、自分の部屋のベッドの上にいることをゆっくりと認識していった。

「夢‥‥だったのか‥‥・」
冷や汗まみれでよじれた体に、タオルケットが絡みついている。
「お‥おかしな夢を‥・見たもんだ‥‥‥‥‥」
男はどこかほっとした表情を浮かべ、静かに息を吐いた。

時間を確かめようと体を起こし、ベッドのわきのサイドテーブルに置いてあるスマホに手を伸ばす。‥‥‥・伸ばしたつもり‥‥だった。

ゴテッ‥・
しっかりと量感のある何かが、フローリングの床に落ちる音がした。

しかし、男は落ちたものを確かめようとはしなかった。
伸ばした左手の関節より先が、消え失せているのに気が付いたからだ。
狐につままれた如くぽかんとして、腕が途切れている部分を見つめる男。
肉と骨がねじ切れた感じで先が無くなっている。不思議なことに血は一滴も出ていないし、微塵(みじん)の痛みも感じなかった。

これは現実か?‥まだ夢の続きを見ているのではあるまいか??‥‥‥
男がそう疑った途端、疑いを全否定するように脳の中で「現実」がはっきりと焦点を結んだ。

「ぐがああああああああああああぁぁぁ‼」
猛烈な痛みが傷口に襲いかかった。男はベッドの上で、すでに無くなっている左腕を抱え込むようにして身悶えし、もがき苦しみ、絶叫を何度も繰り返した。

苦悶の声が響き渡る部屋‥‥床にはやはり、男の左腕が落ちている。
握りしめた形だった五指が、落下のはずみで緩んだか開き気味になり、掌から黒い塊の粒がこぼれ出ていた。
ひい、ふう、みい、よ、いつ、むう、なな、やあ‥ここのつ、とお。
その数、十。
男が持ち帰った十粒。
それは、どこかの誰かが見た‥・とっておきの悪夢の夜の数だった‥・‥。