悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (18)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その三

えっ‥‥マジで?‥‥‥‥

木村、高橋と山本、かおり、委員長が、それぞれ手にしていたスコップやシャベルを放り出し、グラウンド中央の巨大な穴に向かって一斉に走り出した。
俺もみんなの一番後ろから、釣られるように近づいていった。

穴の縁(ふち)に腰を浮かせる様に立ち、恐る恐る首を伸ばして覗き込む。
人力では到底及ばないであろう機械で掘られた穴は、横に大きいだけではなく、かなりの深さにまで達していた。底の方は暗くてよく見えない。
「いったいどこにあるのよ?」
「暗くて何も見えやしないじゃない‥」
高橋と山本が透かさずツッコミを入れた。

ヘルメットを被ったままショベルカーから降りて来た小川が、何処から持ち出してきたのかフラッシュライトを二個、山崎と木村に渡した。
「気が利くじゃないか」山崎は今夜何度目かの賛辞を小川に送った。

パチリパチリとスイッチが入り、四、五メートルの深さはある暗闇の底にふたつの光の環(わ)が交錯した。
「‥‥どこに‥あんだよ?タイムカプセル」俺は山崎に問いただした。
山崎の持つライトの光が、ある箇所で留まった。
「‥そこだ。よーく見てくれ」
一同、ライトの光の環の中に目を凝らす。木村が、持っているもう一つのライトでその周囲を照らし、空間を立体的なものに見せた。
「‥‥‥‥‥」
「確かに‥‥あるわね‥あそこだけキレイに平らだわ。大きな箱の‥・上の部分に見える」委員長が言った。
「まかせろ!」木村がライトを俺に渡し、放り出していたシャベルを拾って戻って来た。照らしといてくれよと言い置いて、一歩一歩落ちないように足場を作りながら、穴の底まで下りて行く。
委員長が指摘した平らなところにたどり着くと、その周りにシャベルを立て、大きな体に物を言わせて物凄い勢いで掘り始めた。その動きはまるで、時間短縮のために早送りしている映像の様だった。
「木村くん、すごーい!」高橋と山本が揃って声を上げた。

あっという間だった。巨大な箱の、恐らくはまだその一部分‥が姿を現した。
「こりゃあ‥箱じゃあないぜ。何かの建物だ」ハンパない運動量の作業をしていながら、汗一滴たらさず息ひとつ切らせないで木村が言った。
「‥‥‥確かに、そうみたいね‥‥どこかで見たような‥‥‥‥‥」
首をかしげて考え込む委員会の隣、それまで傍観者に徹していたかおりが、指をさしながら口を開いた。
「もしかして‥‥‥‥あれじゃない?」
かおりの指さしていたのは、グラウンドの向こうにそびえている校舎‥そのエントランスの張り出した一階部分だった。
「あ‼」岡目八目のかおりの一言に、かおり以外の全員がぽっかりと口を開けた。

暫く‥・沈黙の時間が流れた。みんなが顔を見合わせていた。
その沈黙を破ったのは俺だった。
「もしかしてこれって‥‥‥‥グラウンドの下に校舎がもう一つ‥‥丸々埋まってるってことなのか?」

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (17)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その二
街の喧騒からやや距離を置いた立地に、鉄筋コンクリート造り三階建ての校舎と土のグラウンド。
全国どこにでもあるごく普通の小学校だった。
取り立てて言うなら、花壇や植木がたくさんあって、みな良く手入れがされていた記憶がある。季節の花々は子供の目にもやはり綺麗で、女子は嫌がっていたが虫だってたくさんいた‥‥‥・

そんな‥十年ぶりに足を踏み入れた真夜中の母校に今、土を掘り返す複数の音が響いている。
幾らタイムカプセルを埋めた覚えが無くても何もしない訳にはいかなくなった俺は、これも同窓会の余興の一つと割り切って、グラウンドのフェンス際に立つ桜の木の根元辺りを掘り始めた。

「ひやーッ! 何よこれ⁉」
校舎の脇の花壇の方から奇声が聞こえた。
見ると、高橋と山本の女子コンビが騒いでいる。花壇の囲いと囲いの間の土の中から何か見つけたようだ。
「骨よ! 骨! 動物の骨がいっぱい!」
「きっとウサギのケイスケの骨よ!こっちの鳥の骨はセキセイインコのピヨ子かも⁉」
「いなくなった野良猫のクリスティーンの骨もあるかもよ⁉」
「ここは!ペットセメタリーだったのね!」

フン‥と俺は彼女たちから目を背け、他のみんなはどうだろうと見渡してみた。
一流大学の山崎は本校舎と体育館の間の空間に目を付け、慎重にシャベルを立てている。
大男になった木村はグラウンドにいて、力任せにそこら中片っ端から穴を開けていて、小太りで小柄の小川はその補佐にまわっていた。
おいおい、いくら何でもグラウンドの中にタイムカプセルなど埋めやしないだろう‥‥
影の薄いもう死んでいるかも知れない島本はやはり作業に参加せず、今度は鉄棒で逆上がり練習を始めていた。そのシルエットが、何度も何度も鉄棒に絡んでは落ち、絡んでは落ちを繰り返している。
委員長はと言うと、俺の元カノのかおりとこちらに背を向け、何やらひそひそ話をしている。
俺はその内容が気にはなったが、どういう訳か急にいたずら心が湧いてきて、とんでもない物でも掘り当てて、委員長や他のみんなをびっくりさせてやりたくなった。
学校の敷地がむかし墓地だったと言う噂を聞いたことがある。こうなったら、在りもしないタイムカプセルの代わりに人骨でも掘り当ててやろうじゃないか‥‥‥

ある者は一心不乱に、ある者は適当に作業を続けた結果、しばらく経つと校庭は大小様々の穴だらけになっていた。

ガガガガカカッ!
突然大きな機械音が響き渡った。
ショベルカーだ。ショベルカーがグラウンドを横切って行く。
運転席には黄色いヘルメットを被った小川が乗り込んでいて、こんなものをどこから⁇と思う間もなく、グラウンドのど真ん中に巨大な爪を立て始めた。
ガガゴガゴ‥ガゴン!

ばらばらに作業をしていたみんなが集まって来た。
俺を含めて一同が呆然としている前で、見る見る大きくて深い穴が掘られていった。
何かに気づいたか、山崎がひとりその穴に近づいて行って、注意深く覗き込む。そして、操縦している小川に向かって手を振り、作業を制する合図を送った。
ショベルカーの動きが止まり、山崎が俺たちの方を振り向いた。

「あったぞぉお!タイムカプセルゥゥ」
いつも冷静だった山崎が、興奮して言った。

次回へ続く