悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (20)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その五
穴の底‥‥‥ライトで照らし出された謎の建物は、ところどころ土は被っているものの、地上にある校舎の生徒専用エントランスとまったくと言っていいほど同じ造りをしていた。
俺たち全員は‥‥‥むろん訳のわからぬ言葉を残して闇に溶けて消えた島本以外の全員だが、足場の悪い場所からやや遠巻きにそれを眺めていた。

「ねえ、山崎くん木村くん‥‥ライトを消してみてくれないかな?」委員長が建物に目を向けたまま、二人に声をかけた。
カチリ、カチャッ‥
山崎と木村は委員長に理由を尋ねる事もなく、まるで彼女の僕(しもべ)であるかのように何の躊躇もなく指図に従った。

十数秒経って‥‥暗闇にみんなの目が慣れてきた時、初めて委員長の意図が理解できた。
固く閉ざされた入口の二枚連なる大き目のトビラ、押し引きして開くタイプのものだが、そこに嵌まっている厚いガラスは、被っていた土で薄汚れていた。透明度は低くなっていたものの、建物内の恐らくは奥まったところから発せられている光が届き、トビラのガラスをぼんやりと明るく闇に浮かび上がらせていたのだ。
建物の中には、明かりが点いていた‥‥‥‥

「‥‥廃墟じゃぁ‥‥‥ないのか?」山崎が呟いた。
「何よ?」「中に誰かいるわけ??」高橋 山本コンビが騒ぎ出した。

木村が動いた。トビラに近づき、取っ手に手を掛け揺り動かしてみる。パラパラと土が落ちた。
今度はその大きな体をトビラに預け、足を踏ん張った。
ジャリリ‥・
土を噛む音がして、ほんの数センチ。トビラが中に入った。
「鍵は‥かかってないぜ‥‥」

小川の出番である。どこから持ち出して来たのか庭ぼうきを手に、天井部分とトビラ、トビラと床の隙間に固まっていた土を砕いて掻き出し始めた。
トビラはさらに中に動き、人ひとりが通れる隙間が確保できた。

みんなが俺を見た。
「‥・え?」俺はみんなを見返した。
山崎が言う。「こいつは俺のタイムカプセルじゃない‥」
「俺のとも違う」と、木村。
小川も、同じだと言うようにコクリと頷いた。
高橋と山本に目を向けると、ふたり揃って首を小刻みに横に振った。
「だったらやっぱり、あんたのよ。さっさと中に入って確かめなさいよ」部外者のゆかりが、呆れた様子で言った。

「違う!俺のでもない!俺は埋めてないんだ‼」

断じて埋めてない‥‥俺は‥‥‥‥‥
実はこの時、俺は自分自身を疑い始めていた。覚えていないのは、忘れてしまっただけではないのかと‥‥‥‥。
委員長は、この俺の心の揺らぎを見逃さなかった。
「確かめてみれば分かることよ。私もオブザーバーとして一緒に入るから」

いつの間にか俺は容疑者になり、裁かれようとしていた。
いったい何の罪で?‥‥‥‥‥‥

 

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (19)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その四

とんでもない‥・タイムカプセルを‥見つけちまったもんだ‥‥‥‥‥

俺は、この訳の分からない事の成り行きについて、誰かに説明してもらいたかった。
「なあ‥・俺も黙ってここまで付き合ってきたけどさ、こいつが本当に、俺たちが卒業記念に埋めたタイムカプセルなのか?」
「‥‥‥‥‥‥」答える者はなかった。穴の底にいる木村は別として、山崎と小川は目を泳がせ、高橋と山本は互いを見やったまま言葉を探している。委員長でさえ真っすぐ俺を見たきり、固まっていた。

「ひょっとしてこれって‥あんた自身が仕掛けたサプライズだったりして‥‥。あんた子供みたいないたずらが好きだもんねーえ」部外者のかおりが、茶化す様に俺に言った。
「バカか?おまえ。意味わかんねえよ‥‥」かおりがここにいる意味も全然わからないと俺は思った。

「僕‥‥知ってるよ‥」唐突に声がした。
俺は振り向いた。みんなも、声の主に目を向けた。

十メートルほど離れた場所に、人の形のシルエットが立っていた。
よくよく目を凝らして見ると、さっきまで鉄棒で逆上がりの練習をしていた島本ではないか。
「今のって、島本くんの声?」「久しぶりに聞いたよ!百年ぶりくらい」高橋 山本コンビが言った。

「埋めるのを見てたよ‥‥」島本は呟く様に言葉を続け、ゆっくりと俺を指さした。
「君が‥埋めるのを見てたんだ‥‥‥‥」

「やっぱり!」透かさず、ゆかりが反応した。
「なっ‥何言ってんだ?こいつ」俺は目をむいた。「おまえ何言ってんだよぉ島本‼」
俺は掴みかからんばかりの勢いで、島本に近づいていった。
しかし島本は俺を待つことなく、背後の暗闇にあっと言う間に溶けて見えなくなった。

「‥‥‥‥‥‥」俺は立ち尽くしていた。みんなの視線を背中に感じた。
「俺は埋めてない!第一あんな大きなものを埋められる訳がない!」振り向いて訴えた。弁明ではない。俺は本当にやってなかったんだ。

委員長が、真っすぐ俺を見ていた。
‥‥そうだ。委員長はどんな時だって目を逸らさず、真っすぐ俺を見てくれる。それが委員長だ‥‥‥。
そして彼女が、口を開いた。
「あそこにあるものが本当にもう一つの校舎の入り口で、校舎全体がまだ土の下に埋まってるのなら‥‥‥、とやかく言う前に中に入って確かめてみるべきよね。違う?」

ガラガガガゴォー!
再びグラウンドに機械音が響き渡った。
小川がショベルカーを器用に操り、穴の底まで歩いて行けるなだらかなスロープを拵(こしら)えてくれた。
実に気が利く男であった。

次回へ続く