第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その七
その時のぼくには‥‥水崎先生がいないと言う事より、赤い花が見つけられないでいる事の方がよほど重大である様に思われた。
ぼくは駐車場の端、組み合わせた丸太を模したコンクリート製の柵(さく)の前に立って、足元からなだらかに下(くだ)っていく斜面を見下ろした。芝生の広場全体の北側にあたる場所で、駐車場から一本、やはり下って伸びていく舗装道路以外は、しばらく人の手が入っていない様子の生い茂った草木が一面を覆(おお)っていて、そんな景観が目の届くかぎりに続いていた。やはり『赤』‥、赤い花は見当たらなかった。
「もしかして、何か探してる?」いつの間にかモリオが横に並んでいて、ぼくに問いかけてきた。
「いや‥‥。ただ、どんなところかと思って見ていただけさ」ぼくはなぜか、正直には答えなかった。
モリオが柵に両手を置いて少し身を乗り出し、眼下に目を向けた。そうしてしばらくぼくたちは、黙って一緒に風景を眺めていた。
「この辺りはたぶん‥‥フィールドアスレチックの施設が並んでいた場所だったと思うよ‥‥」
「そ‥そうなんだ‥‥‥」
もともとが自然の環境を利用した施設である。閉鎖されてから久しいとなれば、もはや見る影もないのは当然の事であろう。そう思いながら目線を北西の方向に流していった時、どことなく周囲とは違和感のある、こんもりとした緑の小山が視界に入って来た。
「ん?」ぼくは目を止めた。
「どしたの?」とモリオ。
「あ‥そこにあるこんもりしたところ‥‥‥、輪郭(りんかく)がなんか直線的に見えないか?」
「‥‥言われてみれば、そんな気もする。もしかしたら、つる草がいっぱいへばりついている建物かも知れないよ」
モリオの指摘にぼくは小さく頷(うなず)いた。そして頭の中に、ある建造物のイメージを思い浮かべていた。
「巨大‥・迷路‥‥‥」
「えっ!そうなの?」モリオが驚いてぼくを見た。「ヒカリは、巨大迷路を知ってるの? 見たことあるの?」
「‥‥‥‥‥‥」ぼくは黙って首を振った。否定したのではなく、『知っているのか 見たことがあるのか』が、分からなかったのだ。
ただ、その時気がついた事があって、ぼくはどういうわけか、『巨大迷路』を結構具体的にイメージできてしまう様だ。
「今までに見たことがあるかどうかなんて分からないけど‥‥」ぼくは正直に話した。「巨大迷路のこと、割(わり)と分かってるみたいなんだ‥‥‥‥」
モリオが、不思議そうな顔でぼくを見ていた。
次回へ続く