第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その九
「お弁当にしないか?ヒカリ‥」と唐突にモリオが言った。
グウゥ‥ゥゥ さらに唐突に、モリオのお腹が鳴った。
「とにかくお弁当だ。確かめに行くか行かないか決めるのはその後だ‥それがいい」
モリオは今まで眺めていた風景に背を向け、さっさと歩き出した。
「おっ お弁当が先なのか?」ぼくは、駐車場を出て行こうとするモリオを目で追いかける。
すぐにでも確かめておきたい『赤い花』の存在の有無ではあったが、そのこだわりは飽くまでもぼくだけのものである事にその時気がついた。モリオを付き合わせる意味はないのかも知れないし、モリオにとってはいい迷惑かも知れない。当たり前の事だ。
「それも‥・そうだな‥。探検するにしても、腹ごしらえが先だな」逸(はや)る気持ちを抑え、ぼくもモリオの後に続く事にした。後ろ髪を引かれながら『こんもりした緑の小山』から目を離す。そして振り向こうとしたその時だった。
「‥ん?」
ぼくは動きを止めた。そのままの姿勢で耳を澄ませていた。
何かが聞こえたのだ。
「‥‥‥‥‥‥‥」
確かに聞こえている。風に乗ってどこからか‥・今にも消え入りそうな幽かな音色。音楽のメロディーか?‥‥‥‥‥
「どったの?」先に行っていたモリオが、フリーズしているぼくに気がついて声をかけてきた。
「音楽が‥‥聞こえるん‥だ‥」そうモリオに返した時、すでにそれは聞こえなくなっていた。
「鳥の鳴き声だったんじゃあないの?」
「いや、確かに音楽だった。なんか聞いたことのあるような‥そんな感じの‥‥‥」
広場の芝生を踏みしめながらぼくとモリオは、お弁当のために腰を落ち着ける場所を探していた。
先生から、お弁当にする時間は各自の判断にまかされていたので、あちらこちらでもう始まっていた。やはり涼し気な木陰が良いだろうと広場の西側の縁(ふち)辺りにある林の方まで歩いて行くと、何組かのグループがすでに絶好の場所に陣取っていた。
ぼくたちは二人だけなのをいい事に、女子のグループと男子のグループに挟まれた僅かな空間にさり気なく滑り込み、最初からそこにいたかの様に座り込んだ。
「さてさて‥・」
モリオは早速リュックから三色おにぎりを取り出し、残っている四種類のチョコレートの中から今どれを食べるべきか吟味し始めた。
「チョコをおかずにおにぎりを食べるのか?」ぼくはサンドイッチを用意しながら、からかい半分でモリオに質問した。
「そうさ」モリオは即答する。しかしそれはやはり彼の冗談で、チョコはちゃんと、おにぎりを平らげた後のデザートとして食された。
そんな中、ぼくたちの右隣りに陣を張る女子のグループ、おおかたがお弁当を終えてくつろいでいる彼女たちから聞こえて来た会話があった。
「えっ! 水崎先生まだ見つからないの?」
「うん そうみたい」
「先生みんな、あたふたしてるよ‥‥‥・」
次回へ続く