第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その十五
駐車場の北側から一望できる、今は見る影もないフィールドアスレチック施設の広大な跡地。その放置されたまま荒れるに任せ無造作に生い茂っている草木の中に、ともすれば掻き消えてしまいそうな微かな音ではあったが、奏(かな)でられている旋律が、葉子先生の携帯電話の呼び出しに応えているものであるのは疑いようのない事実であった。
「シューベルトの野ばら‥‥」葉子先生が呟く。「確かに水崎先生の携帯の着メロだわ。何度も聞いたことあるもの‥‥・」
念には念を入れる様に、葉子先生は携帯のボタンを押して発信を止めた。案の定(あんのじょう)、流れていた『野ばら』はピタリと止み、辺りに静寂が訪れた。
そしてしばらく、二人の先生もツジウラ ソノもぼくも、互いの様子を覗うみたいに黙り込んでいた。おそらくそれは、聞こえて来た着メロが『水崎先生の携帯電話の存在』を示しているのは確かだが、必ずしも『水崎先生自体の居所』を教えているものではない事に皆が気づいてしまったからだろう。
「水崎先生はこの茂みのどこかに‥‥、携帯を落としてしまったのかも知れない‥」口を開いたのは教頭先生だった。しかしその発言が酷(ひど)く非現実的なものだと思ったのか、教頭は首をひねりながらこう続けた。「でも‥彼女がこんな草や木の伸び放題の場所にわざわざ入って行った理由が分からない‥‥」
みんなが揃って、目の前に広がるまるでちょっとしたジャングルのような茂みを改めて見下ろした。
何かあった‥‥‥‥。
水崎先生に何かがあった。そう判断するのが妥当かも知れない。しかし、そんな不吉な考えを誰もが、とりわけ教頭先生と葉子先生は認めたくなかったのだろう。ふたたびの沈黙が訪れた。
「おーい、ヒカリ」
その時、ぼくを呼ぶ声がした。見ると、モリオが駐車場に姿を現してこちらに向かって歩いて来ていた。まだ少し寝ぼけまなこで、手にはお弁当を食べた場所に置いて来たぼくのリュックが下げられている。どうやらそれをぼくに届けようと、探しながらここまで来たらしかった。
「モリオ!ちょうどいい所へ来た!」ぼくは彼の呼びかけにそう答えると、すぐに先生たちに向き直り、「携帯電話が落ちているんなら、とにかくそれを探してみましょうよ。もしかしたら水崎先生の居所の手掛かりが何かつかめるかも知れない。今来たモリオくんにも手伝ってもらいますから」と言った。
「賛成。私も手伝います」傍にいたツジウラ ソノが手を上げて賛同した。
「ちよッ、ちょっと待って あなたたち!こんな草木に覆われている広い場所から、小さな物を探し出すのは大変よ」葉子先生が反対した。教頭先生も、「そうだ。もしケガをしたり、迷子にでもなったらどうする」と反対した。
それを聞いてぼくは、首を横に振った。
「携帯電話の着信音は微かだけど、ちゃんと聞こえています。決してそんなに遠い場所にあるわけではないと思います。葉子先生が呼び出しを続けていてくれれば、身軽なぼくたちがその音を辿って行って、すぐにでも見つけ出してみせますよ」
ぼくは自信ありげにそう答えていた。実際は‥何の根拠も有りはしなかったのに‥‥‥‥‥
次回へ続く