第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その五十九
何という事だろうか!
予想していたパトカーだけではなく、すでに『送迎のバス』まで到着していたのだ!
否!違うか! パトカーも送迎バスも決して到着してはいない。芝生広場の駐車場へ向かう途中で、ことごとくその到着を阻止されたのだ。つまり『ハルサキ山』に近づく者は、容赦ない『ヒトデナシ』の手に掛かり、腹を裂かれて吊るされる運命にあるのだ。きっとこの先、近づこうとする者の全ても‥‥‥‥‥
ぼくは、構えていた双眼鏡を下ろした。全身に鳥肌が立っている。
「なにか‥良くないものが‥‥見えたのね」そんなぼくの様子をすぐ横で窺っていた高木セナが、悲しそうな声で話しかけてきた。
ぼくは、黙って高木セナに双眼鏡を差し出した。そして、舗装道路を見てみるよう促した。
彼女は双眼鏡を受け取ると不器用にそれを構え、やはり黙ったまま、時間をかけて何とかピントを合わせ、道路上に放置されているパトカーとバスを確認した。
「どうしてあんなところで止まっているの? 事故?」
「いや‥‥」ぼくは残酷な言葉を彼女に告げることを自覚した。「運転してた人たちは‥みんな殺されたんだ」
「殺さ!れた??」驚いた高木セナが危うく、構えていた双眼鏡を落としそうになった。ぼくはそれを何とか受け止め、そして続けた。「おそらく、芝生広場を襲ったのと同じ犯人の仕業だ。ヤツはこの先も、芝生広場に近づこうとする人間を全員、殺すつもりでいるのかも知れない‥‥‥」
ぼくは、驚愕(きょうがく)の表情が張り付いたままの高木セナに、その犯人が、この辺りで長い間噂されている『ヒトデナシと呼ばれる謎の存在』である可能性があると言う事を説明した。
「そっ、その『ヒトデナシ』は、悪魔か何か?それとも、人間のすることを許せない神さま?」
「な?なんだよ、それ?」
「おばあちゃんに、『たたり』て聞いたことあるもの。入っちゃいけない場所に入ったり、壊しちゃいけないものを壊したりする人間がいると、たたりがあるんだって。神さまが怒って、その人間たちに罰をあたえるんだって」
「なるほど‥。祟(たた)り、祟り神か‥‥」ぼくはこんな時でも、高木セナが大人になって尚も持ち続けている独特の思考回路に、感心させられてしまった。「そんなこと‥考えもしなかったな」
「ねえ、ヒカリくん!この先、私たちはどうなるの?このまま、ここにいていいの?」全く的確な問いかけだった。
「見た通り、警察の助けや、予定の時間より早くなったバスの迎えは、『ヒトデナシ』に阻止されたみたいだ。君の言う通り、ここに留まってて良いわけないけど、葉子先生やタスクの‥動けない者がいる。救急車だけでも来てほしかったのに、期待しない方がいいな。通報に失敗したか、もしかしたらやっぱり既(すで)に来ていて、舗装道路のどこかで、もうどうにかなっているのかも知れない‥‥‥‥」
今置かれている自分達の状況を、言葉にして整理してみると、まるで『陸の孤島』にでも閉じ込められた気持ちになった。そしてその『島』には、『祟り神』のごとく容赦なく人間の命を奪っていく謎の『ヒトデナシ』が潜んでいるのだ。
次回へ続く