悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (277)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十二

「 おまえは! ハラサキ山の魔物 ヒトデナシだ! 」

ぼくがそう叫び終わるか終わらないかの内に、それまでモリオの姿をしていた少年は、まったくの別人に変貌を遂げていた。
「 その通り 」 と別人は、やはりモリオとはまったく別人の声音(こわね)で答えた。

ぼくは呆気(あっけ)に取られていた。なぜなら、いつの間にか『高木セナ』が目の前に立っていて、さらには『高木セナ』の声で、返事が返って来たからである。
つまりは、まるでコンピューターグラフィックスのモーフィング映像を眺めているみたいに、モリオの姿がほんの数秒の間に、高木セナの姿へと変化して、おまけに声まですり替わっていたのだ。

「 いっ! いったいどういうつもりだ!! ぼくをからかっているのか!? 」 怒りが込み上げて来たぼくは、とっさに一歩前へと足を踏み出してしまった。

「 おいおい、そう怒るなよ。からかってなどいないんだからさ 」 困った様子のセナの顔が言った。 「 おれはこれでも、ずっとおまえのパートナーのつもりでいるんだぜ。親友のモリオくんで嫌われたなら、次は本当のおまえのパートナーである高木セナさんが相応(ふさわ)しいと考えたんだ‥ 」
「 何がパートナーだ! 笑わせるな! つまらないこと言ってないで、早く本当の正体を見せるんだ!このヒトデナシ!! 」 ぼくは今まで『ヒトデナシ』に抱いていた底知れない恐れの感情をすっかり忘れ、不満を爆発させていた。

「 やれやれ‥ こんな世界をとことんでっち上げておいて、今更オレの見た目の正体ごときに腹を立てるとはな‥‥ 」 セナの顔が、今まで見たこともないほど険(けわ)しく変化した。  「 言っとくが、オレはおまえが考えるような『生き物』ではないんだ。生きてはいないし、死んでもいない。だから決まった姿形(すがたかたち)を持たないし、構成物としての質量もない。解るか?‥‥‥ 」

「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 」
ぼくは黙り込んでしまった。解らなかったのだ。
しかし、おかげで昂(たかぶ)っていた感情が、冷水を浴びせられたみたいに、すっかり沈静化していた。

ヤツは続けた。
「 オレがおまえのパートナーだと言ったのは、決して冗談などではないぞ。おまえは無意識のうちに、この遠足の『シナリオ』を書き、そしておまえの心のストレスを解消すべく、オレが精一杯の『演出』を任(まか)されたんだからな‥‥ 」
セナと同じ大きさの両目が、ぎろりとぼくを睨(にら)みつけた。
「 そこのところを、おまえはちゃんと自覚すべきなんだよ 」

次回へ続く


悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (276)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十一

たかだか一粒‥ あるいは一欠片(ひとかけら)のチョコレート ‥かも知れない。
しかし、多感な頃にモリオと長い時間を過ごして来たぼくにとっては、それを食べてしまうことと最後まで取って置くこととでは、さながら『天と地』ほどの差があるように思えた。普段は強情張りの分からず屋ではあったが、この『チョコのおまじない』みたいに、時々垣間見えるモリオのナイーブさがぼくにはたまらなく愛(いと)おしかったのだ‥‥‥‥

目の前にいる少年が、モリオであるはずはない。


「 君は一体‥ 何者なんだい? 」
ぼくの口から出た次の言葉は、ただそれだけだった。

長い長い‥‥沈黙があった。
その間(あいだ)でも、目の前にいる少年の無表情は変わらなかった。
そしてその沈黙にいい加減飽き飽きした頃だった‥かも知れない‥‥ 突然彼の口から声が漏れ始めた。

「 ‥奥さんの高木セナが無事でいる可能性の出てきたおかげで、随分と肝(きも)が据(す)わるようになったじゃないか‥‥ 」
「 へぇー やっぱり全部お見通しだったわけだ。だったら今までのリアクションは、どれもこれもお芝居だったってことか‥‥ 」
ぼくは呆(あき)れた声を出しながらも、少年を睨(にら)みつけていた。
彼は彼で、『その通りだ』とでも言うように、いきなり顔を綻(ほころ)ばせ、無表情とはおさらばして見せた。

「 ‥おまえはもう、オレが何者であるのか‥‥、察(さっ)しがついているんだろ? 」
「 ‥‥‥ああ、たぶん‥ 」
「 だったら聞くまでもないだろ。言ってみろよ 」
「 ‥‥・ ‥‥・‥‥‥‥‥ 」
モリオにそっくりな顔をした少年の顔や体つきが、彼が喋(しゃべ)る度(たび)に少しずつ‥ぶれていく様な気がした。それが一瞬、ぼくから言葉を失わせた。
「 おッ おまえは‥ 」
しかし、ここで怯(ひる)んでいる場合ではない。ぼくはぼく自身を鼓舞(こぶ)し、奮(ふる)い立たせようとして叫んだ。

「 おまえは! ハラサキ山の魔物 ヒトデナシだ! 」

次回へ続く