悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (3)

序〇糞(ふん) その三
「フン?‥・フンて‥動物のウンチのことかな?」
男はからかわれていると思い、おどけて返した。

少年は男の方を振り向きもしない。相変わらず手にした棒で、土くれのようなものを突つきまわしている。


そして言った。
「糞は糞さ。ただ、あんたが考えてるような生き物の類(たぐい)の糞ではないがな‥‥」
少年の声は変声期前のそれであったが、一つ一つの言葉は落ち着き払っていて、幾分の威圧感すらともなっていた。

「ほう‥何かすごそうだ。きっとその糞には秘密があるんだ‥‥」
「ああ‥・。こりゃあ獏の糞だからな。」
「バク?」
少年は手を止めて立ち上がり。前方の何かを見定めてゆっくりと歩き出した。
男は、バクってあの獏かい?と問おうとしたが言葉をのみ込み、しばらくは黙ってついて行くことにした。

ガサガサと棒でかき分けながら、丈の高い草が生い茂る中へ入って行く少年。男も迷わず後に続いた。

「‥‥よほど興味があると見える‥」やはり振り向きもせず、少年は呟いた。

「そうら、見つけた。」
ぽつんと一本の木が根をはる木陰、少年は再びしゃがみ込んだ。
「今度のは当たりかも知れねえ・・・」そう言いながら、先ほどと何ら変わらぬ土くれに見える「糞」を、棒で突つき始めた。

次回へ続く

 

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (2)

序〇糞(ふん) その二
‥昭和の子供‥‥‥
男の受けた印象はそれだった。

大きめの麦わら帽子。くたびれたランニングシャツに半ズボン。袈裟懸けに、布で出来た袋のようなバッグを下げている。
手には、その辺で拾ってきたお気に入りだろうか、長めでまっすぐな木の枝を握っていた。
今いる自然に満ちたこの風景に、何とも似つかわしい人物だろうか‥・
男がそう思って眺めていると、少年は歩き出した。

やや前屈みになって、手にした棒で草をかき撫でながらゆっくりと進んで行く。
どうやら、草に隠れた何かを探している様子だ。

やっぱり昆虫採集か‥それとも役に立つ野草でも探しているのかな?
男は興味を覚え、少年に近づいて行った。

「何をしてるんだい?」
「‥‥‥‥‥」
少年は答えることなく進んで行く。男は苦笑いして、聞こえぬため息をついた。
それでも他にすることが無さそうなので、少し遅れて少年の後ろをついていった。

数本の低木が陰を作る草むらまで来た時だ。少年がおもむろに屈み込み、棒で何かを突っつき始めた。
男はさり気ない様子で近づき、少年の肩越しにのぞき込む。
しかし、期待に反してそこにあったのは、何の変哲もない土くれにしか見えない代物だった。

男は呆れ顔で再び声を掛けてみる。
「一体‥それは何なんだい?」

「‥‥‥‥糞。」
少年から答えが返って来た。

次回へ続く