悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (21)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その六
恐らくは‥‥・土の中に埋まっているであろうもう一つの校舎‥‥‥‥
掘り出されたその入口部分のトビラの前に‥‥俺と委員長は立っていた。
後方には‥・裁判員の如く見守る山崎‥木村‥小川‥高橋と山本‥‥それに傍聴人のかおりが控えている‥‥‥‥‥

不本意ながら、俺は中に入ることを既(すで)に承知していた。それが、自身の潔白を証明する一番の近道と考えたからだ。
ただこの時、みんなには悟られないように気をつけていた感情がある。委員長の同行を申し出る言葉に、俺はときめいていたのだ。
委員長と二人きりになれる‥‥‥俺はそんな機会を待っていたのかも知れない。

小川が気を利かせて、委員長と俺にライトを渡そうとした。
「いらないわ。目が慣れたら中は暗くなさそうだし‥‥それに眩しすぎる光は、小さな光を全部吞み込んでしまうもの‥‥‥そういう些細(ささい)な光の中に見え隠れするものこそ、決して見逃してはいけない、見逃したくないのよ‥‥‥・」
委員長は意味深(いみしん)な言葉で断った。俺も、結局受け取らなかった。

「行きましょう」
「‥ああ」
今更ごねるつもりは無い。開いたトビラの隙間に、委員長そして俺の順番に体を滑り込ませた。

カコーン‥‥・
慎重に歩を進めたつもりの足先が、何かに乗っかっていた。敷かれていた簀の子(すのこ)だ。その端が少し浮いていて、乗っかった拍子に板が床を叩いて乾いた音を響かせたのだ。
「‥そうか‥‥‥そうだった」
辺りを見回すと、下足箱が記憶通りの配置で並んでいた。
「懐かしい音ね‥‥」委員長が呟いた。
俺は、そこから奥へと続いている長い廊下に目を向けた。見る限りやはり地上にある校舎と、外観だけではなく中身までまったく同じものである。
ただ、この時、奇妙なことに気がついた。

建物の中は確かにほのかに明るかった。しかし、天井にあるどの照明も点いていないのだ。むろん窓から射す外の灯りではない。ここは入口以外まだ土の中なのだから。
よくよく観察してみると、まるで‥‥壁や床、天井自体が微かに発光しているように見える。
「気味が‥‥悪いな‥‥‥」
「そう?見慣れた場所じゃないの」
委員長が振り向いて、トビラの外に待機しているみんなに手を挙げた。それが合図だったのか、木村と小川が二人掛かりで、開いていたトビラの隙間を閉じ始めた。
「おっ おい!いったい何のまねだ?」
さらには、閉じられたトビラの外から土を掛けている。
俺はトビラの汚れたガラス越しに、その光景を呆然と眺めていた。
委員長が俺の方を真っすぐに見てこう言った。
「人は、選択肢の数だけ迷いが生じるものよ‥‥‥」

委員長が、静かに俺の手を取った。

次回へ続く

 

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (20)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その五
穴の底‥‥‥ライトで照らし出された謎の建物は、ところどころ土は被っているものの、地上にある校舎の生徒専用エントランスとまったくと言っていいほど同じ造りをしていた。
俺たち全員は‥‥‥むろん訳のわからぬ言葉を残して闇に溶けて消えた島本以外の全員だが、足場の悪い場所からやや遠巻きにそれを眺めていた。

「ねえ、山崎くん木村くん‥‥ライトを消してみてくれないかな?」委員長が建物に目を向けたまま、二人に声をかけた。
カチリ、カチャッ‥
山崎と木村は委員長に理由を尋ねる事もなく、まるで彼女の僕(しもべ)であるかのように何の躊躇もなく指図に従った。

十数秒経って‥‥暗闇にみんなの目が慣れてきた時、初めて委員長の意図が理解できた。
固く閉ざされた入口の二枚連なる大き目のトビラ、押し引きして開くタイプのものだが、そこに嵌まっている厚いガラスは、被っていた土で薄汚れていた。透明度は低くなっていたものの、建物内の恐らくは奥まったところから発せられている光が届き、トビラのガラスをぼんやりと明るく闇に浮かび上がらせていたのだ。
建物の中には、明かりが点いていた‥‥‥‥

「‥‥廃墟じゃぁ‥‥‥ないのか?」山崎が呟いた。
「何よ?」「中に誰かいるわけ??」高橋 山本コンビが騒ぎ出した。

木村が動いた。トビラに近づき、取っ手に手を掛け揺り動かしてみる。パラパラと土が落ちた。
今度はその大きな体をトビラに預け、足を踏ん張った。
ジャリリ‥・
土を噛む音がして、ほんの数センチ。トビラが中に入った。
「鍵は‥かかってないぜ‥‥」

小川の出番である。どこから持ち出して来たのか庭ぼうきを手に、天井部分とトビラ、トビラと床の隙間に固まっていた土を砕いて掻き出し始めた。
トビラはさらに中に動き、人ひとりが通れる隙間が確保できた。

みんなが俺を見た。
「‥・え?」俺はみんなを見返した。
山崎が言う。「こいつは俺のタイムカプセルじゃない‥」
「俺のとも違う」と、木村。
小川も、同じだと言うようにコクリと頷いた。
高橋と山本に目を向けると、ふたり揃って首を小刻みに横に振った。
「だったらやっぱり、あんたのよ。さっさと中に入って確かめなさいよ」部外者のゆかりが、呆れた様子で言った。

「違う!俺のでもない!俺は埋めてないんだ‼」

断じて埋めてない‥‥俺は‥‥‥‥‥
実はこの時、俺は自分自身を疑い始めていた。覚えていないのは、忘れてしまっただけではないのかと‥‥‥‥。
委員長は、この俺の心の揺らぎを見逃さなかった。
「確かめてみれば分かることよ。私もオブザーバーとして一緒に入るから」

いつの間にか俺は容疑者になり、裁かれようとしていた。
いったい何の罪で?‥‥‥‥‥‥