ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (64)

最終話「夕暮れ」 編集後記
夕暮れ時、黄昏時をさす表現に、「逢魔が時(おうまがとき)」という言葉があります。
日が落ち夜が始まろうとする、魑魅魍魎などの魔物が蠢き出す時刻、そういうものにばったり出くわしてしまうかも知れない時刻という意味なのでしょう。
ちなみに黄昏時の「黄昏」も「誰彼」という表記が存在し、「誰そ、彼」「彼は誰だろう?」と、人の判別がつきにくくなる薄暗い時間帯とその不安を上手くいい当てています。

前回まで三回にわたり「缶蹴り」をお送りしてきたわけですが、最終話「夕暮れ」を締めくくるお話として、この「逢魔が時」を描いて見ようと思い立ったわけです。
作中A君は、未だ何物かと缶蹴りを続けています。闇に包まれた講堂の止まったままだった時計が、この世とは違う時を刻み始めました。
いつもの様に「書いて出しの初稿」で、描ききれていない感もありますが、宜しかったらご感想などお聞かせ下さい。

「ぼくらのウルトラ冒険少年画報」はとりあえずこれで完結です。
少しずつ、様々な現実との折り合いをつけていく少年期の、その「夕暮れ」に至るまでを書いてきたつもりです。
日が暮れ、夜が来て、つぎの朝を迎える時には、少年はもはや少年ではいられなくなっていた・・・いささか悲しい夜明けが幾度かあって、人を少しずつ成長させていくのでしょう。
かと言って、少年のこころを全て失ってきたわけではありません。その欠片ですが、今も確かに残っているのを感じて生きています。

もし何か面白いことが見つかりましたら、「ぼくらのウルトラ冒険少年画報」番外編として、お目にかかりたいと思います。
長い間のお付き合い、ありがとうございました。

ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (63)

最終話「夕暮れ」 その二十 「缶蹴り」後編
空が夕焼けに染まり始めていた。
空が染まり、空に浮かぶ雲も染まる・・・
茜色・・と一言で片付けてしまえるほど単純な色彩ではない。
桃色、紅・・紫・・群青・・・・・
この世にふたつとない造形で、やや量感のある無造作な雲が漂い、さらにすじ状のものが幾重にも連なって、独特の趣で彩りをより深いものに変えている。
刻一刻光は遠のくものの、雲にまとわりついた余韻はさらに複雑で深い色調へと変化し続けていた。
夢まぼろしの類か・・・、それとも不吉の予感?・・・・・

A君が缶に片足をかけ、辺りの様子をうかがっている。
さっきからまったくみんなの動きがない。それどころか、気配すら感じ取ることができない。
「・・・・何か・・企んどるのか?」

小学校の敷地内に、ほとんど人影はなくなっていた。
A君のいる中庭から見下ろすかたちで広がる運動場の隅、大小の鉄棒が並ぶあたりに三人ほど、何をしているのかうずくまっている。
「ごはんやでー」
学校の近所に住む子供を呼びにきたのだろう、そんな母親の声がどこからか響いてきた。

暗くなってきている。講堂の止まったままの掛け時計の文字盤が読みづらくなっていた。これでは遠くにいる人物の判別も、もはや怪しい。
「いい加減終わろうや・・」
あきれて言葉がつい口をついて出た。しかし鬼からそれを言い出すわけにはいかない。子供の遊びにも仁義みたいなものがある。

「ごはんですよー」

こうなったらイチかバチか、缶をけられるのを覚悟で遠くまで足をのばし、探してみるか。A君は缶から離れ、歩き出した。

「ごはんやでー」
子供が見当たらないのか、母親の声がまだ聞こえていた。

平屋建ての校舎に近づき回り込もうとした時、一瞬屋根の上に顔のようなものが見えた気がした。
「しまった!」
A君は慌てて缶の場所まで引き返し、屋根の上を確かめた。
・・・・誰もいない。気のせいか・・
いや、油断はできない。確かF郎は、よく屋根に登って隠れていたはずだ。

「ごはんやでー」

A君はやっと屋根から目を離し、すかさず辺りを見回した。
すっかり暗くなり、運動場の子供たちもいつの間にかいなくなっている。
と・・ここに至って、今まで消えていた人の気配があちらこちらに感じられることに、A君は気がついた。

目を凝らし、まわりを警戒する。
校舎の角に明らかに誰かが潜んでいる。微かに聞こえる土を踏みしめる音・・・
「クク‥」
かみ殺した笑い声がどこからか響いた。
振り向くA君。
幼稚園の建物の脇の植え込みからか?それに、百葉箱を囲む木の柵の陰から複数の息遣いが漏れ聞こえてくる。

‥‥囲まれている。
「そうか・・・みんなで一度に押しかける気やな。」
A君は身構え、その時を待った。

「ごはんやでー」
母親の声だと思い込んでいたものが、いつの間にか野太いものに変わっていた。

すっかり見えなくなった講堂の掛け時計が、カチリと音をたてた・・・・・

「缶蹴り」完