ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (48)

最終話「夕暮れ」 その八
中途半端な知識、安易な認識からくる考察かもしれませが、自分なりに、「三島由紀夫」について記してみたいと思います。

三島氏の作品を、前述の事件を意識しつつ読んだのは、主に大学に入りたての頃だったと記憶しています。
自分自身が大学生になって、60年代後半の大学紛争でのバリケード封鎖や休講、ヘルメット、角棒、機動隊や放水車などとはもはや無縁であると知った時、逆に当時の同世代の事を詳しく知りたくなったのを覚えています。
「当時の大学生は、今の自分達と比べて随分大人だったのだなぁ・・」と思ったものです。

本は、何の脈略もないチョイスで、でたらめに読んでいました。
強いて言えば、安価で薄い文庫本で、新潮文庫などは三百円台で手に入りました。
三島由紀夫の新潮文庫の背表紙の色は橙色で、大江健三郎が茶色でした。
今現在、どんどん長編化して行く傾向の村上春樹氏の初期作品「風の歌を聴け」も、文庫化された時、薄くて安かったので買いました。
ただどういうわけか、文学史で紹介される様な所謂「作家の代表作」は、なるべく読まない事にしていました。きっと、「想定外の出会い」をしたかったからなのかも知れません。

三島氏ののエッセイ「行動学入門」は、「pocketパンチOh!(平凡パンチの増刊?)」に69年から70年にかけて連載され、事件直前の10月に単行本が刊行されたもので、私は時を経てから文庫本で読みました。
「行動」について、三島氏自身の体験を交えながら、その意味や分析などに考えが巡らされていて、確か、国際反戦デーの「新宿騒乱」を見物する三島氏の様子も描かれていたと思います。
以前、「三島氏の進んだ道の道標の一つ」と表現したこの本ですが、行動する事の困難さが語られている気がして、連載時すでに事件の計画が氏の脳裏にあったかもしれないと考えると、とても興味深い作品です。

今、すでに手元に本がないのではっきり確認はできませんが、「刀が抜かれる時、それが威嚇を目的とする為だけに抜かれたものであるなら、その行動は失敗に終わる」と言う暗示的な記述があった気がします。

次回へ続く

ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (47)

最終話「夕暮れ」 その七
太平洋戦争、終戦、東西冷戦、朝鮮戦争、安保闘争、ベトナム戦争、国際反戦デー、大学紛争、そして三島事件・・・・・・

昭和という時代の真ん中辺りで生まれ、やがて物心がつき、幼年期を経て少年期を終えるまでに私は、日常生活の中や漏れ聞こえてくる社会の情勢から、数限りない不安や恐れ、疑問を抱き、心の内に溜め込んでいました。
もっともそういう事が、人として成長していく上での糧となっていたのだろうとは思いますが、知識と理解力の範ちゅうを超える社会の出来事などは、「安心」を手に入れて忘れ去るわけにもいかず、結果その後の生活に何らかの影響を及ぼしていきます。
「何が解らず、何を知りたいのか」がまだ判らなかったのです。少しでも取っ掛かりのようなものを見つけようとしていたのでしょう、興味の対象が事あるごとに刻々変化していった気がします。
大人が交わしている会話に、聞き耳を立てる事も多くなりました。
プラモデルは、荒唐無稽なものより、よりリアルなキットを求めるようになって、付属の解説書を何度も読み返しました。

やっていた事はおおよそ、情報収集。
データを出来るだけ貯め込んで、成長にともなう「情報処理能力の高度化」を待っている・・・・・・。
しかし、「高度化」はそう容易くなく、中学生、高校生になっても、頭の中は混沌とした状態のままでした。

ただ、何を知りたかったのかが分かってきていました。
理解したくて、興味もあって、いろんな本を読むようになりました。
それが最善のアプローチの方法でした。

戦争はなぜ起きるのか?

「安保闘争」や「大学紛争」とは何だったのか?
そもそも「安保」とは何ぞや?

「三島由紀夫」とは、どういう人物だったのか?・・・・・・・

次回へ続く