悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (278)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのい景 その百六十三

ぼくは‥‥困惑していた。

ついさっきまでは自信満々だった。挑発してきた相手に向かって『ヒトデナシ』と名指(なざ)ししたぼくだったが、それに対するリアクションはまったく想定外のものだった。ぼくがずっと持ち続けていた『ハラサキ山の魔物』に相応(ふさわ)しい風体(ふうてい)と残虐非道(ざんぎゃくひどう)な立ち振る舞いからは程遠(ほどとお)く、それどころか自らを『ぼくの協力者』だと主張しだしたのだ‥‥‥‥‥

「 ‥おまえは本当に、水崎先生や教頭先生の腹を裂いて逆さに吊るし、風太郎先生を八つ裂きにした‥ヒトデナシなのか?? 」 ぼくはどうしても納得がいかず、目の前の『高木セナの姿と声をした存在』に質問していた。

今まで険しい表情を見せていた『セナの顔』が、呆(あき)れる様に少しほころんだ。
「 そうだ 」
答えには一切の躊躇(ちゅうちょ)もなく、明確だった。

「 目撃したみんなの話では、彼らを襲ったのは『大きな男』だったって聞いた。やはりそれも、おまえが変身した姿だったのか? 」
「 そうだ‥ とも言えるし、そうでないとも言える。つまりオレの意識は、例えばこの世界のありとあらゆる構成要素を支配し、操(あやつ)ることができる。物理的な力の行使が必要な場合は、それに適した様々な形や大きさの構成要素を集合集結させ、再構成して、その構成体に実行に当たらせる。おまえの仲間達が見た『大きな男』は、その構成体のバリエーションの一つだった‥ 」

「 だったら‥ このハルサキ山に伝わる『ヒトデナシの事件』は、全部おまえが仕掛けたものだったのか? 」
「 いや、それは違う。オレが演出した『ヒトデナシ』は、おまえの心に内在していた途切れ途切れの情報を単純にトレースしたものに過ぎない。そしてそれは、今回この世界でのみ実行されたものだ‥‥ 」

ぼくの困惑は‥、ヤツの並べ立てる言葉によってますますの拍車(はくしゃ)がかかり‥‥‥
「 ぼくの‥心に内在していた‥‥ 途切れ途切れの情報‥‥‥‥ 」
そしていつの間にか、混乱状態に突入していった。

「 ‥おまえは一体‥ 何者なんだ? なぜここにいる? 」 ついついそんな問いが、ぼくの口から飛び出した。

「 ‥神‥ なのか?‥‥ 」

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (277)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十二

「 おまえは! ハラサキ山の魔物 ヒトデナシだ! 」

ぼくがそう叫び終わるか終わらないかの内に、それまでモリオの姿をしていた少年は、まったくの別人に変貌を遂げていた。
「 その通り 」 と別人は、やはりモリオとはまったく別人の声音(こわね)で答えた。

ぼくは呆気(あっけ)に取られていた。なぜなら、いつの間にか『高木セナ』が目の前に立っていて、さらには『高木セナ』の声で、返事が返って来たからである。
つまりは、まるでコンピューターグラフィックスのモーフィング映像を眺めているみたいに、モリオの姿がほんの数秒の間に、高木セナの姿へと変化して、おまけに声まですり替わっていたのだ。

「 いっ! いったいどういうつもりだ!! ぼくをからかっているのか!? 」 怒りが込み上げて来たぼくは、とっさに一歩前へと足を踏み出してしまった。

「 おいおい、そう怒るなよ。からかってなどいないんだからさ 」 困った様子のセナの顔が言った。 「 おれはこれでも、ずっとおまえのパートナーのつもりでいるんだぜ。親友のモリオくんで嫌われたなら、次は本当のおまえのパートナーである高木セナさんが相応(ふさわ)しいと考えたんだ‥ 」
「 何がパートナーだ! 笑わせるな! つまらないこと言ってないで、早く本当の正体を見せるんだ!このヒトデナシ!! 」 ぼくは今まで『ヒトデナシ』に抱いていた底知れない恐れの感情をすっかり忘れ、不満を爆発させていた。

「 やれやれ‥ こんな世界をとことんでっち上げておいて、今更オレの見た目の正体ごときに腹を立てるとはな‥‥ 」 セナの顔が、今まで見たこともないほど険(けわ)しく変化した。  「 言っとくが、オレはおまえが考えるような『生き物』ではないんだ。生きてはいないし、死んでもいない。だから決まった姿形(すがたかたち)を持たないし、構成物としての質量もない。解るか?‥‥‥ 」

「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 」
ぼくは黙り込んでしまった。解らなかったのだ。
しかし、おかげで昂(たかぶ)っていた感情が、冷水を浴びせられたみたいに、すっかり沈静化していた。

ヤツは続けた。
「 オレがおまえのパートナーだと言ったのは、決して冗談などではないぞ。おまえは無意識のうちに、この遠足の『シナリオ』を書き、そしておまえの心のストレスを解消すべく、オレが精一杯の『演出』を任(まか)されたんだからな‥‥ 」
セナと同じ大きさの両目が、ぎろりとぼくを睨(にら)みつけた。
「 そこのところを、おまえはちゃんと自覚すべきなんだよ 」

次回へ続く