悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (283)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十八

「 つまり‥ 娘を失ってからのぼく自身の心の有り様(ありよう)が‥‥ 結果的におまえを呼び寄せてしまった‥ということか? 」 ぼくは、呟く様な声でヤツに問い質した。

「 その通りだ。何も自(みずか)ら好き好(この)んで、ここにこうしているわけではない 」 葉子先生の顔が、何の感慨もなく答えた。

「 だったら、なぜ干渉(かんしょう)する? なぜ『パートナー』を名乗り、協力者面(づら)をしている?? 」

「 ふん 」 ヤツは人を小馬鹿(こばか)にした一言を発すると、こう続けた。
「 オレやオレと同じ存在達は、引き寄せられたとしても‥、決して自らの意志でそうしているわけではないのだ。次元の『変形や偏(かたよ)り』から生じるエネルギー差異の流れに乗じて流され、原因となっている地点に漂着したに過ぎない。さらには、その原因が消滅し『変形や偏り』が解消されない限り、流れ着いた地点に拘束(こうそく)され、身動きが取れない状態がいつまでも続くのだ 」

「 ‥‥それで‥ 今おまえがやっていることは、ぼくの『精神世界』の捻(ね)じれや歪(ゆが)みを是正(ぜせい)して、次元の『変形や偏り』となっている原因を消滅させようとしている‥ と言うことか? 」

「 ほう‥ 理解が速いじゃないか 」 葉子先生の顔が、まるで『お利口な教え子』を褒(ほ)めそやす時みたいに微笑んでいた。
「 漂う存在のオレ達にとって、漂着先の事情に介入し、原因となるものを取り除くことだけが、再(ふたた)び『漂う自由』を取り戻すことのできる唯一(ゆいいつ)の方法なんだ。分かったか? 」

「 ‥分かった‥‥ 」 ぼくはそう答えた。
しかし、次元の『変形や偏り』の原因となっているものを取り除くとか、消滅させるとは‥‥、ぼくにとってそれは一体‥どんな意味を持っているのか‥‥‥‥ 図りかねていた。
ヤツは、ぼくのパートナーだと言った。ぼくが描いたシナリオを、形にする手伝いをしてるとも言った。本当にそんな方法が、『ぼくの精神世界に根ざしているはずの原因』を排除(はいじょ)したり、もしくは消滅させることに繋(つな)がって行くのか?‥‥‥‥‥‥‥

嫌な予感が‥した。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (282)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十七

宇宙の話から始まったヤツの大仰(おおぎょう)な前口上(まえこうじょう)に、うんざりした顔もできず、ぼくはただ黙って聞いているしかなかったわけだが‥‥ そこまで語り終えた『葉子先生の顔』が、笑いを堪(こら)えているみたいに引きつり出した。

「 おまえは‥ この期(ご)に及(およ)んでも、『全ては他人事』みたいな顔ができるんだなぁ 」
「 そッ そんなことはないさ‥ 」 ぼくは取り繕(つくろ)う。
「 オレはおまえのパートナーだと言ったが、そうならざるを得ない理由がちゃんとあるんだよ‥‥ 」

「 ‥まあいい 」 ぼくがやはり黙ったままでいると、ヤツは諦めたみたいにそう口にして、説明を再開した。

「 確認のために‥もう一度言っておくが、オレはおまえが考えるような『生き物』ではない。生きてはいないし、死んでもいない。存在はしているが、決まった姿形(すがたかたち)を持たないし、物質で構成されていないので質量もない‥‥ 」
「 そうだった。まるで掴(つか)みどころがないんだな‥ 」 茶化しているのではなく、本音だった。
「 ああ。確かに掴みどころがない。 だからこそだ。オレのようなもの達は、どこでも存在できるし、時空を超越して、どこにでも漂いながら流れて行ける 」
「 漂い?‥ 流れて行ける?? 」
ぼくが繰り返してしまったこの表現が、もっとも特異に思えた。

「 オレの存在とは、『時空に漂う意思』‥‥とでも言っておこうか。漂いながら、時には時空の捻(ね)じれや歪(ゆが)みから生じる流れに飲み込まれ、引き寄せられて行く。それはまったく、オレの意志とは関係なく‥巻き込まれる様にただ流されて行く‥‥‥ 」

「 ‥‥もしかして‥ 今回流されて行き着いた場所というのが‥‥ ぼくの‥‥ 」
「 ああ。 おまえの『精神世界』。 つまりおまえの心は極限近くまで捻じれて歪み、破綻寸前(はたんすんぜん)だったということだ 」

次回へ続く