悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (281)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十六

「 主体はおまえだ。おまえの精神が抱える破綻寸前(はたんすんぜん)の歪(ゆが)みが、オレをここまで引き寄せた‥‥ 」 腕組みをしたままのヤツが言った。

「 引き寄せた‥だって? 」
「 そうだ 」

「 なぜそうなる? ぼくは今までおまえの存在など知らなかったし、おまえを望んだり必要としたりなど考えつくはずもない‥‥‥ 」
「 ふん 」高木セナの顔をしたヤツが、鼻で笑った。「 オレも同じだ。おまえに引き寄せられるまで、おまえのことなど何一つ知らなかったさ 」

「 だったら!なぜだ? なぜおまえは、ぼくの心に紛れ込み、居座(いすわ)った?? 」
「 ‥それは な‥ 」 そう言いかけていきなり、ヤツの顔や体全部の輪郭がぼやけ出した。
まただ。また例の『モーフィング現象』が始まったのだ。高木セナの姿がねじれる様に流動変化し、あっと言う間に新たな大きさと形の別の姿が出現していた。

「 何も知らないヒカリくんのために、先生がちゃんと説明してあげましょう 」
目の前に現れたのは誰あろう、この遠足にクラス担任としてぼくらを引率して来た『葉子先生』その人だった。

「 おいおい、今度は葉子先生なのか。だがな‥ 本当の葉子先生はそんな容姿はしていない。おまえが今成り済ましたのは、ソラが生前しばらく診てもらっていた病院の、女医『先生』の姿なんだよ 」
「 そんなこと知っています! これも『あなたが書いたシナリオ』に則(そく)した表現じゃないの!今更自覚してないなんて言わせないわよ!! 」
「 ‥‥わかった。わかったから、その声音(こわね)と言葉遣いだけでも止めてくれないか? 」
ヤツはぼくをからかってる風でいて、明らかに腹を立てていた。ぼくは、ヤツの気を静めるつもりで下手にまわり、ささやかな譲歩を求めた。

「 ふん‥ 何も知らないおまえのために、オレがなぜここにこうしているのかを説明してやろう 」
ヤツの声と言葉遣いが元に戻った。こんな大人になってから、『先生』と呼ばれる頭の上がらない女性に、面と向かって叱られるという『経験したくないシチュエーション』は、いくらか軽減された。

「 おまえには想像もできないだろうが‥‥ 例えば宇宙の、星と星との間の何も見当たらないような空間でも、実際には様々なものが漂うみたいに存在していて‥‥ その存在が、後々(のちのち)の宇宙の進化や退行などの決定的な変化に深くかかわる『鍵』となりうるものであるなどと‥‥ 誰が予測できようか‥‥‥‥ 」 ヤツが語り始めた。 

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (280)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十五

「 ぼくが‥この世界を拵(こしら)えてしまったということは、ここに到着する前の場所で『もう一人の自分の声』に指摘された。そしてそれがどうやら本当らしいことも、だんだん自覚するようになって‥きたさ‥‥‥ 」

ぼくが『ハラサキ山の魔物 ヒトデナシ』と名指ししたヤツに、逆にぼくこそが『魔神』であると非難された。
しかし、ぼくとしてはただ、『最愛の娘ソラの死』によって直面することとなった『喪失感や後悔を含めた逃れようのない様々な苦悩』を心に抱え込んだまま、『今日までなんとか生きて来た』という認識しかなかった。
だからぼくは反発し、正直に反論する。
「 この世界は確かに、今のぼくの心の状態が反映されているものなのかも知れないが、その場を赤く血で染め上げているのは『ヒトデナシ』の所業(しょぎょう)によるものだろう。おまえは自分のことを、『ぼくのシナリオ通りに演出するぼくのパートナー』だと語っていたが、それがどうにも納得がいかない‥ 」 そう言ってぼくは改めてヤツを睨(にら)みつけようとしたが、セナの姿をしたヤツにそれができず、複雑な気持ちでただ斜(はす)に構えた。
「 さっき話した『もう一人の自分の声』は、おまえのことをこうも言っていた。おまえは、ぼくの心に今まで存在していなかった‥突然降って湧いた様に現れて知らぬ間にぼくの心に紛れ込み、居座(いすわ)ってしまった『謎の異物』だと‥‥ 」

「 ほう‥‥ 」 ヤツが一言そう漏らし、胸の前で両腕を組んだ。小学二年生の高木セナの‥、堂(どう)に入(い)った腕組み姿だった。
危うく見とれてしまいそうになるのを堪(こら)え、ぼくは語気を強めて言葉を続けた。
「 そんな‥『異物』として紛れ込んだおまえが、どういう理由から、ぼくの『パートナー』を語る?! それに、おまえの手でこの世界を赤く染めて置きながら、どうして平気でぼくのことを『魔神』呼ばわりしてみせる??! 」

次回へ続く