悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (258)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百十三

ぼくがセナに問いかけをした後‥‥、しばらくの間彼女は不思議そうに、ぼくの顔をまじまじと見つめていた。
そして、少し呆(あき)れた様な口調で、こう切り出した。

「どうして‥‥ ヒカリさんにそんなことが、分かるんですか?」
「え?」
「どうして、棺(ひつぎ)がずっと空(から)だったとか、葬儀を行おうと待っていたとかが、ヒカリさんに分かるんですか?」
「え??」

「そもそもここで、誰が、何のために、葬儀を行おうとしてるんでしょうか? そういう事を全部説明してください」
最後のセナの言葉は、強く念を押す感覚があった。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
ぼくは、口を噤(つぐ)んでしまった。

しかしそれは、ぼくが質問に対する答えを持っていなかったからではない。
答えは、確かに持っていた。いや、持っていたと言うより、『存在していた』と言った方がいいだろう。
その時初めて気づいてしまった、極めて感覚的な認識なのだが‥‥、『頭の中の、答えを持っている場所』が、いつもの場所と、違っていたのだ。『その場所』は、確かに自分自身の一部なのだが、どこか余所余所(よそよそ)しさを漂わせている場所だった。そして、そこに気を寄せようとしようものなら忽(たちま)ち、例の頭痛が波の様に押し寄せて来る予感がした。

「私の知っているヒカリさんは‥‥」セナが重々しく口を開く。「小学生のときから利口で、賢明で、どんな時でも冷静でいられる人だったはずよ」
「‥‥‥ああ」 ぼくは彼女から目を逸らし、俯いてしまった。
「それがここ最近のあなたときたら、時々、奇妙なことを口走ったり、周りに何の説明もしないで勝手に先走ってる‥気がする」
「‥そ そうか」 確かにそうなのだろう。ぼくは弁解はしなかった。

「私たちが今、ここでこうしているのは、ここに連れてこられたツジウラさんを助けるため。他に助けられる人がいたら、一人でも多く助けるため。それが目的でしょ? ツジウラさんがソラかどうかは、その後で確かめればいいこと。違う?」

セナの言う通りだった。自分の頭の中の混沌(こんとん)にしても、やはりぼくはどうかしているのだ。
なぜだ?なぜ、こんなことに巻き込まれている?本当にこの遠足は、『ソラとの約束を果たすためのイベント』だったのか?‥‥‥‥‥‥


「こんな遠足‥‥、来るんじゃなかった

突然、ぼくの耳の奥で、ツジウラ ソノが泣きながら吐き捨てた一言が甦(よみがえ)った。
‥そうだ。遠足が台無しになってしまったのも、何もかもがあらぬ方向へと転じて行ったのも‥‥、ここハルサキ山に、魔物が出現したせいに他(ほか)ならない。
そうだ!『ハラサキ山のヒトデナシ』だ! ヤツをどうにか退けて、ツジウラ ソノやみんなを、このハルサキ山から解放することこそが、全てを差し置いての目的であったはずなのだ!‥‥‥‥‥‥‥

ぼくは、逸らしていた目をゆっくりと戻し、真正面からセナを見た。
「分かった。済まなかった‥」 ぼくは簡潔に謝った。
セナは少し驚いたみたいに目を丸くしてから、コクリと頷いた。

「ヒトデナシ‥を捜してみよう。ヤツは、この巨大迷路の廃墟をアジトに‥しているはず‥‥なんだ」
ぼくは立ち上がり、そう言った。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (257)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百十二

「うじょう‥しんな‥ ごぎたいば‥‥ うがべじ‥さぜぜ ぐ ぎだだぎまが‥じだ‥‥」
「ごぎゅぐごぐ‥ がぎばどうごじいばじだ‥‥ 」

幾(いく)種類かの『摩擦音』が抑揚を意識しながら組み合わされた、旋律的な連なりのような言葉?だった。
セナからの『若先生の情報』を念頭に置き、ノイズを除去するみたいに一言一言適切なものを当て嵌(は)めていくと‥‥、こういうことになる。
「お嬢 さんの‥ ご遺体は‥‥ お返し‥させて いただきま‥した‥‥」
「ご協力‥ ありがとうございました‥‥ 」


今まで『風太郎先生』だと信じていた男が、病院の『若先生』であった。彼は、小学二年生の子供の姿をしているぼくとセナが、娘『ソラ』の遺体を提供した両親であるという事実をちゃんと知っていた。知っていたからこそ、『あんな挨拶』をして行ったのだ。

「‥‥いつからだ?」ぼくは誰に問いかけるでもなく言った。「いつからこう‥なった?」
風太郎先生は、最初から若先生の外見をしていたのかも知れないが、体がバラバラになって死んで‥、元通り(?)に生き返ってから、中身まで若先生になったのか?
だったら‥生き返った風太郎先生が道案内をして、ここ『巨大迷路の廃墟』まで『ツジウラ ソノ』を連れて来た行為に、意味が生まれて来る気がした。
ぼく達がその二人を追ってこの廃墟に侵入した時、最初に出くわした『読経(どきょう)が流れる暗闇の異空間』。通夜を経て、やがて葬儀が行われるのだろうという『暗示めいた体験』だった‥‥‥‥‥‥
「‥空(から)の棺(ひつぎ)に遺体が収まってこそ‥‥、葬儀が執(と)り行える」
「え? どういう意味?」 黙って傍らで聞いていたセナが、さすがに質問する。
「あっ ああ‥‥ 風太郎先生ではなくなった若先生が、去り際(ぎわ)に言ったことが本当に、『ソラの遺体を返した時のお礼の言葉』だったとしたら‥‥‥‥‥ 」
「‥だったん‥なら?」セナが身を乗り出す。思わず目を輝かしてぼくを見つめてくるセナを、ぼくも真っすぐ見つめ返していた。そして言った。
「返された遺体はやっぱり‥‥、『ツジウラ ソノ』だったんじゃないかと、思ったんだ」
「えっ?」セナの目が真ん丸になった。かまわずぼくは続け、一気に捲(まく)し立てた。
「この巨大迷路の廃墟の中で誰かが‥‥、葬儀を行おうと待っているんだという‥気配がする。だからツジウラ ソノはここに連れて来られ、通夜の間(あいだ)ずっと空(から)だった棺(ひつぎ)の中に収められたのかも知れない。そしてもし、行われる葬儀が『ソラのもの』だったとしたら、ツジウラ ソノがやっぱり『ソラ』だった、ということに、なりはしないかい?!」

次回へ続く