第一夜〇タイムカプセルの夜 その三十三
「彼ら」は‥‥・十数人ほどだったかも知れないし、百人いたかも知れない。
全員が少年だったかも知れないし、半分ほどは少女だったかも知れない。
一人一人の個性は、いつまでもピントが合わないカメラを覗いているみたいにぼんやりとしていて、それぞれを区別するのは難しかったし、区別する事自体無意味に思えた。
例えば、「牛乳を染み込ませた雑巾」がロッカーに放り込まれていて、一週間後あまりの悪臭にそれを発見したとしても、「上履きが片方」下足箱から無くなって、数ヶ月後に葉が落ちた木の枝からそれが見つかったとしても、もはやどうでも良い様に、誰が何を仕出かしたなどという事は何の意味も持たず、やはりもはやどうでも良かった。
「マイム・マイム」の曲に乗って教室になだれ込んだ彼らは、立ちはだかる粘土のクラスメートたちを次から次へとなぎ倒していった。
彼らは手に手に様々な道具を持っていて、箒(ほうき)やモップ、何処から持ち出してきたのか先生が黒板で使うでかい三角定規や分度器、チョークで円が描けるやはりでかいコンパスを振り回す者もいた。動きもみんな敏捷で、彼らを捕らえようと試みる粘土のクラスメートたちの足を払い、串刺しにし、腕をもぎ取り、首や胴体を切断した。見る見るクラスメートたちは人の形でなくなっていき、大小ただの粘土の塊(かたまり)がそこら中に散乱していった。
頭が無くなり、抱き合ったまま動かなくなった二体の人形がある。「いつも一緒の高橋と山本」だ。首をはねられるのも一緒だったみたいだ。
いつの間にか黒板に、「滅亡」と言う大きなチョーク文字が躍(おど)っていた。
彼らの一人が書いたのだ。「このクラスを滅ぼす」と言う意思表示なのか、それともただの悪ふざけだろうか‥・。
考えて見れば、日常ではほとんど使わない、S F か歴史の教科書ぐらいにしか登場しないその文字は、非日常的な彼らの掲げるスローガン?にはぴったりな気がした。
あっと言う間に、動いている粘土のクラスメートは一つもいなくなっていた。
残ったのは人形ではない俺と委員長だけ。ふたりを残して、俺のクラスは「滅亡」したのだ。
ガラガガガ—ッ ボテッボテテッ‥ズンドスン‥‥
彼らは教室の中央部分の椅子と机をどけ、その空間にバラバラにした人形たちの粘土のありったけを集め、こんもりとした小山を作り始めた。
ベタン‥ペタペタ ドスン‥ペタリ ペタペタペタ‥‥‥
「きゃはははははは!」そして歓声が上がった。彼らの何人かは腹を抱えて笑い転げている。俺は自分の目を疑った。もし、体中の傷の痛みが無かったら、彼らに釣られて大笑いしていたかも知れない。
粘土をくっ付けこね直し彼らがわざわざ造形したものが、どっしりとしたオブジェの存在感でそこに完成していた。
良く漫画に出て来る例の、とぐろを巻いた「うんこ」である。
クラスメートたちの亡骸(なきがら)は、巨大な排せつ物と化したのだ。
深い考え思想などはない。ただ遊んでいる‥‥‥。彼らはそう言う存在なのだ。
俺を助ける気など無いかも知れない。彼らは終始遊び続ける。誰かが‥例えば先生や大人が気づいて、諌(いさ)め止めるまでだ。
あいにくこの校舎にはそんな人間はいない‥‥‥‥‥
いや待て。俺はさておき、委員長がいる。委員長は俺の心の作用が拵(こしら)えた人格なのかもしれないが、大人だ。現にここへ入った当初彼らは俺たちを嫌い、追い返そうとしたではないか。
俺は委員長を見た。
委員長はずっと教壇に立っていて、事の推移を黙って見守っていた様だ。
しかし、「うんこ作り」が一段落した彼らは、既にぐるりと委員長を取り囲んでいた。そしてその間合いが、少しずつ詰まろうとしている。
委員長は一切何も言わなかったが、冷静な表情で彼らを見据えていた。
彼らの一人が‥‥・委員長の長い髪に手を伸ばした。
彼らのもう一人が‥‥・委員長のスカートの裾に手を伸ばした。
彼らの‥もう片方の手には‥‥‥‥鋏(はさみ)が握られていた。
次回へ続く