悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (276)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十一

たかだか一粒‥ あるいは一欠片(ひとかけら)のチョコレート ‥かも知れない。
しかし、多感な頃にモリオと長い時間を過ごして来たぼくにとっては、それを食べてしまうことと最後まで取って置くこととでは、さながら『天と地』ほどの差があるように思えた。普段は強情張りの分からず屋ではあったが、この『チョコのおまじない』みたいに、時々垣間見えるモリオのナイーブさがぼくにはたまらなく愛(いと)おしかったのだ‥‥‥‥

目の前にいる少年が、モリオであるはずはない。


「 君は一体‥ 何者なんだい? 」
ぼくの口から出た次の言葉は、ただそれだけだった。

長い長い‥‥沈黙があった。
その間(あいだ)でも、目の前にいる少年の無表情は変わらなかった。
そしてその沈黙にいい加減飽き飽きした頃だった‥かも知れない‥‥ 突然彼の口から声が漏れ始めた。

「 ‥奥さんの高木セナが無事でいる可能性の出てきたおかげで、随分と肝(きも)が据(す)わるようになったじゃないか‥‥ 」
「 へぇー やっぱり全部お見通しだったわけだ。だったら今までのリアクションは、どれもこれもお芝居だったってことか‥‥ 」
ぼくは呆(あき)れた声を出しながらも、少年を睨(にら)みつけていた。
彼は彼で、『その通りだ』とでも言うように、いきなり顔を綻(ほころ)ばせ、無表情とはおさらばして見せた。

「 ‥おまえはもう、オレが何者であるのか‥‥、察(さっ)しがついているんだろ? 」
「 ‥‥‥ああ、たぶん‥ 」
「 だったら聞くまでもないだろ。言ってみろよ 」
「 ‥‥・ ‥‥・‥‥‥‥‥ 」
モリオにそっくりな顔をした少年の顔や体つきが、彼が喋(しゃべ)る度(たび)に少しずつ‥ぶれていく様な気がした。それが一瞬、ぼくから言葉を失わせた。
「 おッ おまえは‥ 」
しかし、ここで怯(ひる)んでいる場合ではない。ぼくはぼく自身を鼓舞(こぶ)し、奮(ふる)い立たせようとして叫んだ。

「 おまえは! ハルサキ山の魔物 ヒトデナシだ! 」

次回へ続く