第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六十
「 そしてもう一つ‥‥ 」
この場所(この空間)へと到着した際にぼくの手に巻きついていた両腕が、セナ本人のものではないことの証拠を提示してみせたぼくだったが‥、透かさず『感じていたもう一つの違和感』の正体について語り始めた。
なぜなら、今ぼくの目の前にいる『ぼくが到着した時すでにこの場所にいたモリオ』が何者であるのか、一気に切り込んでその核心(かくしん)に迫(せま)ってみたかったからである。
「 ぼくは今まで、照れくさくて親友と呼べる人間が自分にいるかどうかなんて考えたことなかったんだけど‥‥、いつも当たり前みたいに一緒にいて、大体は連れ立って行動している『腐れ縁』みたいなラスメートが一人いたんだ 」
思い出でも語る調子で切り出したぼくの話に『この場所にいたモリオ』は、一切口を差し挟むこともなく、相変わらずの無表情でただ黙って耳を傾けていた。
「 そいつの性格ときたら、格別褒(ほ)めそやすところなどどこにもなくてさ、頑固な上に変な部分にいっぱい拘(こだわ)りを持ってて、チョコレートが大好きで大抵ランドセルの中に入ってたんだけど、たくさんあってもこれまで一度たりとも人に分け与えることはしなかったケチン坊だったんだ‥‥ 」
真正面からこちらを見つめ続けていた『この場所にいたモリオ』の目の色が変わるのが分かった。
「 ‥チョコ‥ レート‥ 」 低い声だったが、そう口が動いた。おそらく、ぼくが『モリオ本人』について語っていることに気づいたのだ。
ぼくは訊いた。 「 きみのリュックの中にはもう‥、チョコは一つも残ってないのかい? 」
「 ああ‥ さっき言ったはずだろう。他のみんなみたいに自分がおかしくなってしまう前に、残しておいたチョコを一つ残らず全部味わってしまおうと、オレはここに来たって‥‥ 」
「 そうか、そうだった。でもね‥‥ 」 ぼくが、目の前にいる『モリオではないモリオ』を睨(にら)み返す瞬間がやって来たのだと思った。 「 ぼくの知ってるモリオは、頑固で人一倍(ひといちばい)諦めの悪い男でね‥‥ 絶対に生きて帰る。どうにかして自分だけでも生きて家に帰り着く。それまでは、個包装のチョコなら一つ、板チョコだったら一欠(ひとか)けらを必ずリュックの中に残して置いて、無事に家に辿り着いてからそのチョコを味わうために、諦めないで彼なりに懸命に頑張ったはずさ。それが彼の、幼い頃からずっと続けてきた、チョコレートを使った『おまじない』だったんだもの! 」
次回へ続く