悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (273)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百五十八

「 つまり‥‥ この場所はおまえにとって特別な空間だから、オレがここにこうしてにいるのは不自然なことなんだと‥、おまえは言いたいんだな。ヒカリ‥‥ 」
「 ‥‥‥そうだ‥ 」

荒唐無稽(こうとうむけい)にしか聞こえなかったであろうぼくの指摘に、モリオは、感情を一切感じさせない無表情で、さらには淡々とした声のトーンでゆっくりと、その内容の確認をぼくに求めた。当然ぼくも、彼に準ずるが如(ごと)く、ぼくにとっては歴然とした事実を、ただ真正直(ましょうじき)に返答するだけだった。

「 他のみんなは、恐らくこの空間の特性に気づいていたんだ。だからここに立ち入ろうとしなかった。だけど、ぼくがここに現れた時‥‥、モリオ、君はたった一人でこの場に座り込んで、ありったけのチョコレートを食べていた‥‥‥ 」
「 ああ‥ その通りだ‥ 」
「 そしてぼくが、君たちを助けに来たんだと言ったら‥、手遅れだ、今更誰も助けられないって。この巨大迷路廃墟にいたら、みんながみんな片っ端から壊れちまうんだって。だから自分もそうなる前に、この先食べようとリュックの中に残しておいたチョコレートを、残らず全部こうして食べでしまおうとしてるんだって‥‥ 」
「 ああ‥ 確かにそう言ったし、そうしてた‥‥ 」
「 実はあの時‥ぼくは、いつものモリオらしくないなあと‥思ってしまったんだ 」
「 へえ‥ そうなのか?‥‥ 」
そんな風に言葉を濁(にご)して黙り込んだモリオだったが、相変わらず感情の読めない無表情を維持し続けていた。

ぼくは‥『あの時』のことをもう一度、頭の中でなぞってみる。
たった一人でモリオがいたこの空間に到着した時、セナはぼくの左手に絡めた両腕だけを残して、その姿を消していた。ぼくは仕方なく、残された彼女の両腕を自分のリュックに仕舞おうとして、意味不明の違和感を感じたのだったが、思い返してみれば、似たような違和感をモリオとの会話の中でも感じ取っていたのだ。
そして後になって、辿り着いたこの空間が果たしてぼくの心の真ん中にある『ソラの空白』の再現であるというインスピレーションを得た時、感じていたふたつの違和感の正体が、まるで垂れこめていた霧が晴れ渡っていく様に、同時に姿を現したのだった。
つまり、ぼくの背中のリュックの中に今も仕舞われている両腕は、決して『セナ本人のものではない』ということと、ぼくの目の前に立っていて、ぼくと会話を交わす少年は、決してぼくの良く知る『モリオ本人ではない』ということだった。

次回へ続く