第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百五十二
「 モリオ? ‥なのか? 」
ぼくは、地べたに座り込んだ人影に声をかけた。
「 ああ‥ やっぱりおまえも来てたのか‥‥ 」 
いつものモリオらしい返事が返ってきた。言葉に少しだけ投げやりなニュアンスが感じられたのは、葉子先生達と潜んでいた雑木林を出る際、口論して別れて来たせいだろう。
「 そんなに喚き散らして、いったいどうしたって言うんだ? おまえらしくもない‥‥ 」
モリオに指摘され、自分がひどく取り乱していることを覚(さと)らされて、こんな状況の時こそ落ち着かなければならないと自らに言い聞かせた。
ぼくはゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐いてみた。さらに、冷静さを取り戻すまじないみたいに、ゴクリと大きく唾(つば)を飲み込んでから、再度モリオの方を見直した。
そして、この場に居合わせていたモリオが、何かを目撃してはいまいかと思い、彼に近づいて行った。
「 セナが‥ いっしょにここへ来たはずの高木セナが、どこかへ消えちまったんだ‥‥ 」 ぼくは手掛かりになりそうな情報を期待して、モリオに話しかけた。
モリオは地べたに胡坐(あぐら)をかいて、モグモグと口を動かしていた。下したリュックの中から取り出したありったけの残りのチョコレートをその組んだ足の上に広げ、次はどれを味わおうかと指先で吟味(ぎんみ)している最中だった。
「 高木が‥、どうかしたって? 」 そう言って、傍らに立ったぼくを上目遣(うわめづか)いに見るモリオ。
「 ‥ああ 」 まどろっこしい説明をする代わりに、ぼくは自分の左手を彼に示して見せた。左手には今も、セナの両腕がしっかりと巻きついていた。
「 ‥‥それが、高木の手だって言うのか‥ 」
ぼくは、黙って頷(うなず)いた。
「 ふん、そいつが高木のだなんてどうして判(わか)るんだよ? 今この迷路のあちこちにそんなもの‥いくらでも転がってるだろう。みんなここに集められた時からおかしくなっちまって、腕を切ったり切られたり‥‥、自分で切り落としてるバカもいたからなあ 」 そう言ってモリオは、興味を失った様にぼくの左手から目を背けた。
ぼくは、モリオの話に顔をしかめながら、ここに来るまでに通ってきた迷路通路の、そこいら中の仕切り壁に押された無数の血のスタンプを、頭の中に思い浮かべていた。
「 違うんだ、モリオ。 ぼくと高木セナはいつまでも終わらない真っ直ぐな通路に閉じ込められてしまって、そこから抜け出すために空間の裂け目みたいなものにふたりして飛び込んだんだ。そうしたらどこだか分からないがここに出て、気がついたらこの腕を残して彼女の姿が消えてたんだよ 」
「 ‥‥‥そうなのか 」
ぼくの説明に対し、モリオの‥驚くほど気の無い返事が返ってきた。
気の無い割にはさらにモリオは話を続け、そして締めくくった。
「 きっとどこかで死んでるかもな‥‥ でも心配するな。そのうち、生き返って帰ってくるさ。ここはそういう場所なんだからな‥‥‥ 」
次回へ続く