第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百四十
「 ねえ‥。今、気がついたんだけど‥‥‥ 」
終わることの無い直線通路の前進を中断し、佇(たたず)んでいたぼくとセナ。
すっかり正気に戻ったという風な感じで、セナが口を開いた。
「 私達‥、この通路の奥の方から微(かす)かに『歌声』が聞こえて来たから、そこからは急ぐみたいに歩き出したのよね‥ 」
「 あ‥ ああ。そうだった‥ 」 ぼくは思い出した。確かにセナの言う通りだった。『歌声』‥、それも複数の声で歌われている『野ばら』が聞こえて来たのだ。
間違いない。間違いなくシューベルトの『野ばら』だった。歌っていたのは、ツジウラ ソノや合唱部の女子達だったのかも知れない。ぼくもセナもそれに引き寄せられる形で、目的の地点はきっとこの先の遠くない場所だと思い込み、二人して勇(いさ)んで足を速めて行ったのだ‥‥‥‥
「 そうよね。でも、その『歌声』がいつの間にか止(や)んでることにたった今、気がついたの 」
「 そっ! そうだね! ‥本当だ 」 ぼくも今更ながら、そのことに気がつかされた。
「 やっぱりあの『歌声』は、私達をいつまでも迷路の中で迷わせておく‥罠のひとつだったのかしら‥‥‥ 」
「 うむ‥‥‥‥‥ 」 ぼくは考え込んだ。
あの時‥、あの『歌声』に向かって歩き出した時点で‥、ぼくも確かに『これはもしかしたら罠かも知れない』と、不吉な想像を頭の中に過(よぎ)らせた。この巨大迷路廃墟が、『ヒトデナシ』と言う魔物のアジトだと決めつけ、ここで起こる事の全てに疑念を持っていたからだ。
だが、今は少し違っていた。否(いや)‥少しではなく、この巨大迷路廃墟に対する見方が、随分と変化していた。
この『気持ちの悪い世界』は、おまえのものだという事を忘れるな。
ぼくのもう一人の人格である『やつ』からの、アドバイスである。
そんな言葉を残して『やつ』が去ってから、今漸(ようや)くぼくは、その言葉の意味を咀嚼(そしゃく)する機会をえていた。
つまりあの時‥、『これは罠かも知れない』と疑ってしまった時点で、無意識に『望まないない選択』をしてしまったのかも知れない。
「 この先は、こうなったらいいのに‥‥ 」と望んでみるんだ。とりあえず望んでみろ。
要するに‥‥、『この世界』で出くわした困難な局面において‥‥、『ポジティブシンキング』こそが事態を打開する鍵となってくれる‥はずである‥‥‥‥
次回へ続く