第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十八
「 気がついた‥ことがあるんだ‥‥ 」
ぼくは、さっきまで耳を傾けていた『頭の中に響くやつの声』についてセナに説明するのは、彼女を不安にするばかりか余計に混乱させてしまうだけだと考えて、『やつの存在』の一切を伏せて通すことにした。だから、まるでたった今自分で思いついた事柄を聞かせる様な振りをして、セナに話しかけたのだ。
「 ぼく達が彷徨(さまよ)っているのはもちろん巨大迷路廃墟の中なんだけど‥‥、でもどうやら、いろんな他の空間がごちゃ混ぜにくっついてしまっている状態らしい‥‥ 」
「 他の‥空間?? 」 聞いていたセナは、まるで本当の小学二年生みたいに、不思議そうに小首を傾(かし)げてみせた。
「 ああ。 例えば‥、ソラを診(み)せに行ったり入院させてた病院の‥病室とか廊下だったり、ソラが亡くなってから運ばれて行った特別な部屋だったり‥‥‥‥ 」
「 ‥‥‥そう 」 ソラの名が出た途端(とたん)、セナは表情を曇らせ、元気なく相槌を打った。そしてしばらく考え込んだ後、こんな事を指摘した。
「 そう言えば、後で気がついたことだけど‥‥ この遠足の引率者は、私達が小学二年生だった当時の先生方ではなくて、全員がソラを診てもらった幾つかの病院の『お医者様の先生方』だったわ 」
そうなのだ。セナの指摘は正しい。一度『ヒトデナシ』にバラバラにされ、知らぬ間に復活を遂げていた風太郎先生は、池ノ端南(いけのはたみなみ)病院の若先生(わかせんせい)だったし、迷路廃墟の外壁に腹を裂かれて逆さまに吊るされた教頭先生は、同病院で時々しかお目に掛かれなかった院長先生に間違いなかった。さらに、思い出したぼくの記憶が正しければ葉子先生は、長野県まで足を運んで診て頂いた循環器の専門医だったし、水崎先生は、たった一度だけお会いして風土病、地方病に関して意見を伺(うかが)った都内診療所の女医さんだった。
こうやって頭の中を整理してみると、やつが頻(しき)りに口に出していた『おまえが拵(こしら)えたこの気持ちの悪い世界』の意味が理解できる気がした。ぼくの心に生じていた歪んだ感情が、この『遠足』の世界に、意図的に彼らを配置したのだ。
恐らく‥‥、彼らに何らかの形で‥‥、制裁を加える‥ためにだ‥‥‥‥
次回へ続く