悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (279)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十四

「 ま‥さか‥‥‥‥ 」

やつがいきなり『ヒトデナシ』に話を振ったその流れから言って‥‥ 『ヒトデナシ』の存在とは、この世界を拵(こしら)えてしまったことで露(あら)わになった『邪気』『邪念』が具象化(ぐしょうか)した魔物ではないのか‥‥、つまりはぼく自身の心に潜んでいた様々な悪意が人格化した‥言わば『ぼくの分身』ではないのかという疑惑が、突如(とつじょ)として頭をもたげた。
ぼくは、芝生広場に『ヒトデナシ』が出現した時も、その場に居合わせなかったし、巨大迷路廃墟に最初に辿(たど)り着いた時も、外壁(そとかべ)一枚隔(へだ)てた迷路内部で、『ヒトデナシ』が不気味に動きまわる気配を感じていただけで、実際に目撃したわけではなかった。クラスのみんなや先生は、ほとんど全員が『ヒトデナシ』を目撃しているのに、自分だけが未(いま)だその姿を見ていない。そんな‥『たかが偶然』で片付けていたことに、特別な意味が生じた気がした‥‥‥‥

ははあ‥そうか。おまえはまだ一度も、『ヒトデナシ』と出くわしていなかったな‥‥‥
セナと一緒に、この迷路廃墟を彷徨(さまよ)っていたのは、『ヒトデナシ』を退けて、ツジウラ ソノや他のみんなをここから連れ出すためだったよな。その目的を果たすためにおまえは、おまえなりの覚悟をもって、この場に臨(のぞ)んでいたわけだ。
そんでもって今ここでおれの話につき合って、どうにかこうにか納得し、幾らかは腑(ふ)に落ちたのだろう。勝手に自分なりの解釈をして、途方もなく奇妙な想像をしてしまったって‥ところか。
それは、たとえば‥‥‥‥
たとえば、『ヒトデナシ』に出くわして‥‥ どんなバケモノなのかと‥そいつの顔を覗(のぞ)いてみたら‥‥‥‥‥

「 ぼくと‥‥ まったく同じ顔を‥してた‥‥‥ 」

ははは、そうだな。大人のおまえと同じ顔をした‥、実は『おまえの分身』だったと‥‥‥‥

「 そっ‥ そうだ‥‥‥ 」
ぼくは確かに動揺していたのだ。頭の中に響くやつの声に、素直に答えていた。

面白い‥ 結末(おち)ではあるな‥‥
しかし、こんな『気持ちの悪い世界』での事の成り行きというのは、得(え)てして予想の範疇(はんちゅう)を遥かに超えているもんだ。
いいか、ここのところは良く聞いておけ。おれが考えるに、おまえが『ヒトデナシ』と呼んでいる魔物は、おまえの心に今まで存在していなかった‥突然降って湧いた様に現れて心に居座(いすわ)っていた‥‥言わば『異物』だと思われる。知らぬ間におまえの記憶に紛れ込み、おまえの心に紛れ込み、結果的にこの世界に紛れ込んだ‥‥‥‥
そういうことも偶(たま)には‥‥ あるのだろうよ‥‥‥‥
良きにつけ悪(あ)しきにつけ、そういうことがあるからこそ、予想だにしない展開も望めるってわけさ‥‥‥‥‥
まあ‥とやかく言うより、おまえは結局会うことになるだろうから‥‥ その時に、そいつがこの世界にとって、そしておまえの心にとってどういう存在なのか、しっかり見極めるんだな。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (278)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十三

「 ぼくの‥ 今の心全体の有様(ありさま)がこの‥ 遠足‥‥‥‥ 」
頭の中に吐き捨てる様に響いたやつの言葉を、ぼくは無意識の内に反芻(はんすう)していた。

そうだ。おまえが世の中に対して抱いてきた様々な感情や情動。たとえば『嫉妬(しっと)』‥『軽蔑』『失望』『不信』‥『憎悪(ぞうお)』『怒り』‥‥‥‥‥
おまえの心の真ん中にある『ソラの空白』の‥その周辺に集まって来てしまったそうした有りと有らゆる感情の中の『邪念』が、この遠足世界を構築していく上でのファクター(因子)となっていったんだ。

そんなに‥ この遠足は、ぼく自身の邪念 邪心で汚(けが)れた世界だったのか?? ぼくには到底(とうてい)‥そうとは思えない‥‥
ぼくは、この遠足が好きだった。途中で中止にしたくはなかったし、いくつものアクシデントさえ何とか乗り越えてしまえると‥考えてた‥‥‥‥

おまえが、おまえの歪(いびつ)極(きわ)まりない心の、すぐにもどうにかなりそうだった『ストレス』に動かされて拵(こしら)えてしまった世界なんだろうからなあ。おまえ自身にはストレス発散の意味があるんだろうよ。
まったく、どれだけの人間が『この気持ちの悪い世界』を構築するために血を流していることか‥‥
おまえが『巨大迷路廃墟』と呼んでいるこの場所の外壁に、まるで処刑されたみたいに腹を裂かれて逆さまに吊るされた人達だけでも、今はもう数十人は下(くだ)るまい。

なっ、何だって!? 廃墟の外壁に吊るされている人間は、今こうしている間にも、増え続けているというのか?!

ああ。どうやらこの場所の外壁一周全部を、腹から内臓をはみ出させた死体で、隙間(すきま)なく埋めつくしたいらしい。おまえが『見知っている人々』の『変わり果てた姿』でな。

ぼくが見知っている人々だって??? そんなばかな!! 最初に吊るされた水崎先生と、次に吊るされた教頭先生はともかく、その後に吊るされた若い男女の二人は、このハルサキ山に車で近づこうとした通りすがりの人達だったはずだ!!

おいおい。おれが嘘をついていると思うんなら、今すぐここから外に出て、おまえのその目で確かめてみるといいさ。
何なら‥ 誰も彼も容赦なく人の腹を裂いて逆さまに吊るしている張本人(ちょうほんにん)で、おまえが『ヒトデナシ』と呼んでいる『ハラサキ山に棲(す)む魔物』にでも、直接聞いてみるかい?

次回へ続く