悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (280)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十五

ぼくに対するやつの『進言』とやらは、『この気持ちの悪い世界』を拵(こしら)えた責任と『ヒトデナシ』を退(しりぞ)けるための覚悟を、改めてぼくに問い直すものだった。
しかし、ぼくがこの世界を創造したという自覚や、それに関連するはっきりとした記憶は、残念ながら戻っては来なかった。もっとも、やつの言うことが全部正しくて、戻って来るべき記憶がちゃんと存在していればの話だが‥‥‥‥‥

ふふん‥・ もちろん、存在しているとも。
おまえがここで起こっている事の理由を本当は知っていながら、思い出せないと言って『知らない態(てい)』で通しているのは、おまえ自身がこの遠足の中で『そういう役回りを最初から演じたかった』からなのだと言うことが、朧気(おぼろげ)ながら見えてきたよ。つまりおまえはこの世界を、言わば心の解放感を、いつまでもとことん味わっていたいわけなんだ。
だがな‥、問題は『ヒトデナシ』だ。これまで『ヒトデナシ』がおまえの望む筋書きに沿うかたちで動いて来たと考えるのは、どこか危(あや)うい気がしてならない。『異物』としていつの間にか心に侵入していた、不透明極(きわ)まりない存在なんだからな。だから、おまえの今の『役どころ』が、この世界でいつまで通用するのかどうか、おれには分からない。特に、おまえが『ヒトデナシ』と直接対峙(たいじ)する瞬間以降はな‥‥‥‥‥‥


話の締めくくりにやつは、ぼくとセナにとって一番のアドバイス、ありがたいヒントをくれた。
ぼくがこうして頭の中でやつと会話している間中ずっと、セナの手を引いたぼくの体は、セナと一緒に巨大迷路廃墟の中の在りえない直線通路を、延々と歩き続けていたのだ。先の窺(うかが)えないその通路は、無限に続く様相を呈していて、合わせて‥二人とも歩を進める暗示にでもかけられた様に黙々と足を前に出していた。

このまま何の手立ても講じなければ、おまえとセナはこの直線通路を永遠に歩き続けることになるだろうよ。
おまえ達が目指しているのは、この巨大迷路廃墟の真ん中にある展望櫓(てんぼうやぐら)なんだろうが、おまえが『おまえの中の別の記憶」とごちゃ混ぜにしてしまったおかげで、『別の場所』とも繋がるようになっちまった。迷路の中が多元的になって、ますますややこしくなっちまったんだ。
おまえ達がこの迷路廃墟に入ってすぐに、一時(ひととき)迷い込んでしまった場所を覚えてるか?

おっ 覚えていた。確か‥‥暗くて、奥行きがかなりありそうな空間で、どこからか読経(どきょう)が‥流れて来ていた‥‥‥。

そうだよ。そこがどうやら、おまえ達が最終的に目指す場所だったんだと思う。
もしかしておまえは、迷路の出入り口を入ってすぐ‥‥、迷路の中とは違う全(まった)く別の場所を連想しなかったかい?

全く‥ 別の場所だって??‥‥‥

ああ‥。いざ入ってみた迷路の中の通路は、意外と狭かったはずだが‥、それ以上におまえの体は小さく、目線も低かったはずだ。何(なに)せおまえは小学二年生だからな。
そこでおまえは、ほんの一瞬、そこを別の場所と勘違いしてしまった‥‥‥‥ 違うかい?

‥‥‥‥‥‥‥‥‥  ‥‥もしか‥したら、それって‥‥ 病院の廊下?‥‥のことか??

その通り! ‥だと、おれは考えている。

次回へ続く