第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十四
「 ま‥さか‥‥‥‥ 」
やつがいきなり『ヒトデナシ』に話を振ったその流れから言って‥‥ 『ヒトデナシ』の存在とは、この世界を拵(こしら)えてしまったことで露(あら)わになった『邪気』『邪念』が具象化(ぐしょうか)した魔物ではないのか‥‥、つまりはぼく自身の心に潜んでいた様々な悪意が人格化した‥言わば『ぼくの分身』ではないのかという疑惑が、突如(とつじょ)として頭をもたげた。
ぼくは、芝生広場に『ヒトデナシ』が出現した時も、その場に居合わせなかったし、巨大迷路廃墟に最初に辿(たど)り着いた時も、外壁(そとかべ)一枚隔(へだ)てた迷路内部で、『ヒトデナシ』が不気味に動きまわる気配を感じていただけで、実際に目撃したわけではなかった。クラスのみんなや先生は、ほとんど全員が『ヒトデナシ』を目撃しているのに、自分だけが未(いま)だその姿を見ていない。そんな‥『たかが偶然』で片付けていたことに、特別な意味が生じた気がした‥‥‥‥
ははあ‥そうか。おまえはまだ一度も、『ヒトデナシ』と出くわしていなかったな‥‥‥
セナと一緒に、この迷路廃墟を彷徨(さまよ)っていたのは、『ヒトデナシ』を退けて、ツジウラ ソノや他のみんなをここから連れ出すためだったよな。その目的を果たすためにおまえは、おまえなりの覚悟をもって、この場に臨(のぞ)んでいたわけだ。
そんでもって今ここでおれの話につき合って、どうにかこうにか納得し、幾らかは腑(ふ)に落ちたのだろう。勝手に自分なりの解釈をして、途方もなく奇妙な想像をしてしまったって‥ところか。
それは、たとえば‥‥‥‥
たとえば、『ヒトデナシ』に出くわして‥‥ どんなバケモノなのかと‥そいつの顔を覗(のぞ)いてみたら‥‥‥‥‥
「 ぼくと‥‥ まったく同じ顔を‥してた‥‥‥ 」
ははは、そうだな。大人のおまえと同じ顔をした‥、実は『おまえの分身』だったと‥‥‥‥
「 そっ‥ そうだ‥‥‥ 」
ぼくは確かに動揺していたのだ。頭の中に響くやつの声に、素直に答えていた。
面白い‥ 結末(おち)ではあるな‥‥
しかし、こんな『気持ちの悪い世界』での事の成り行きというのは、得(え)てして予想の範疇(はんちゅう)を遥かに超えているもんだ。
いいか、ここのところは良く聞いておけ。おれが考えるに、おまえが『ヒトデナシ』と呼んでいる魔物は、おまえの心に今まで存在していなかった‥突然降って湧いた様に現れて心に居座(いすわ)っていた‥‥言わば『異物』だと思われる。知らぬ間におまえの記憶に紛れ込み、おまえの心に紛れ込み、結果的にこの世界に紛れ込んだ‥‥‥‥
そういうことも偶(たま)には‥‥ あるのだろうよ‥‥‥‥
良きにつけ悪(あ)しきにつけ、そういうことがあるからこそ、予想だにしない展開も望めるってわけさ‥‥‥‥‥
まあ‥とやかく言うより、おまえは結局会うことになるだろうから‥‥ その時に、そいつがこの世界にとって、そしておまえの心にとってどういう存在なのか、しっかり見極めるんだな。
次回へ続く