第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十二
ヤツの指摘した通り、ぼくの心の真ん中には『ソラの空白』が存在している。
しかし、ソラの形をしていてソラの輪郭を持つその空白は、ただの空白ではなかった。それはぼくの心持ち次第(しだい)で微妙に表情を変化させた。まるで生きているかの様にだ。
現実にソラを失ったぼくにとって、たったそれっぽっちのことだけでも大きな意味があった。例えば、仮に『人のあらゆる部分の細胞が溶け込んだスープ』があったとして、そのスープを『ソラの空白』に流し込んで満たしたなら、もしかしたらソラがもう一度この世に戻ってくるかも知れないという突拍子(とっぴょうし)もない夢を見させてくれる、そんな‥『秘めたる心の領域』となっていた。
おまえが悲嘆に暮れ、涙を流し続けるあまり、『ソラの空白』を知らず知らずのうちに心の真ん中に作り出し‥、育て‥、ついにはそれに価値さえ見いだしてしまったのは、考えるまでもなくおまえがソラを愛するが故(ゆえ)なのだろう。
だが『ソラの空白』と言えども、所詮(しょせん)空白は空白。それも心のど真ん中の空白だ。そんなものををそのままにした状態で、日々を何事もなく暮らしていけるわけがないんだ。
否(いや)‥ ぼくは暮らしてきたさ‥‥ 暮してきたんだ‥‥ セナと一緒に毎日、ソラに手を合わせながらな‥‥‥。
仕事もちゃんとしているし、セナとの時間も大切にしている。心に空白があるからって、病気になるわけでもないし、特別なことが起こるわけでもないさ。
何を言ってる! おまえはこの『遠足』を何だと思ってるんだ?! すでにおまえが壊れかけている立派な証拠じゃないか!
おまえが拵(こしら)えてしまったこの気持ちの悪い世界に渦巻(うずま)いている『邪心(じゃしん)』『悪意』は、全部おまえの心の中の『ソラの空白』が引き寄せてしまったものなんだ。
おまえの純粋な喪失感が心の真ん中に生み出した『ソラの空白』は、それが純粋な空白であればあるほどその周りの縁(ふち)に、逆に『純粋でないもの』、おまえの心のあちこちにすでにそこはかとなく眠っていた様々な『邪念(じゃねん)』を引き寄せ、集めてしまった。その結果のおまえの今の心全体の有様(ありさま)が、今回のこの『遠足』なんだよ!!
次回へ続く