第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十
ソラを失ってからのおまえは、クリスマスシーズンがやって来る度(たび)、クリスマスで浮かれる世の中を酷(ひど)く憎むようになっていたよなあ‥。クリスマスだけじゃなくて正月も、ゴールデンウイークなんかの行楽シーズンもいらいらしていた。つまり世間がいかにも幸せそうに、家族ぐるみでお出かけだの買い物だのに浮かれ騒ぐのを見ているのが、どうにも我慢できなかったんだ。
おまえはもう‥『娘や息子といっしょに楽しい時を過ごし、思い出を作っていく』そのために奔走(ほんそう)する当事者ではなくなっていた。これからは傍観者のままで‥ずっと、そういう時を過ごして行かなければならないわけだ‥‥‥
分かったような口を利くやつだ。『進言』などと言い出すから何を聞かされるかと思ったら、そんなつまらないことか‥‥‥
分かったような口を利いてるんじゃない。分かっているんだ。おれはおまえと一心同体だからな。
おまえが最近口にする独り言や、隠れてつく悪態は、ひとつ残らず知っている。例えば、クリスマスソングとイルミネーションで溢れた街角を、コートの襟を立てながら吐き捨てた一言は、セナが聞いていたら嘸(さぞ)かし嘆き悲しむことだろうぜ。
うるさい! 今さら何だって言うんだ! それをつまらないことだと言ってるんだ!
つまらなくはないさ。そういう行き場のない『妬(ねた)み』みたいな感情は、そのまま解消されることはないからな、治まりはしないのさ。治まるどころかその矛先(ほこさき)は、社会全体へと向けられていく。
おまえが毎日、新聞を読んだり、リビングでニュース番組を観ているだけで、まだまだ未熟な人間社会への不平不満なんかは否(いや)が応(おう)でも降り積もっていって、おまえの感情をますます刺激する。だから日増しに、おまえのお決まりの繰り言も熱を帯びていき、ついには『恨(うら)み辛(つら)み』から『怒り』の感情までが露(あら)わになったあげくの悪態の数々が、キッチンに立って後片づけをしていたセナの耳を時折(ときおり)汚すようになってしまったんだ。
「言いたいことはそれだけか!? これ以上聞かせるつもりなら、ぼくは耳を塞(ふさ)ぐ!」‥などとやつに忠告しようとしたが、耳を塞いだところで、頭の中に直接響くやつの言葉は遮(さえぎ)りようがないことに気づいてしまった。
そんでもって、ここからが本題だ。
やつの『進言』は、いよいよ佳境(かきょう)に入るらしい。ぼくは思わず天を仰いだ。天を仰いで唾(つば)を吐(は)こうとしたが‥‥ その唾を‥ゴクリと飲み込んだ。
次回へ続く