第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百二十六
「違う!」「そんなことはない!」と否定してはみたものの、『もう一人の自分』の言い分にぼくは「そうかも‥知れない‥」と、どこかで納得しかけているところがあった。
ヤツの言葉は乱暴に聞こえるが、その実(じつ)冷静な観察眼に裏打ちされた様な説得力を持っていて、ぼくの心に一々(いちいち)が響いて来たのだ。だから、ただ感情的に騒ぎ立てているだけのぼくに対して、ヤツは最初から最後まで主導権を握り、支配的なポジションからぼくの欺瞞(ぎまん)を一つ一つ論(あげつら)うことによって、ぼくをすっかり追い詰めていったのだった。
ぼくはヤツのことを、『世の中で一番嫌な奴』『自分とは永遠に相容(あいい)れないタイプ』だと思った。
しかし、よくよく考えてみると‥‥ こんなに嫌な奴が『もう一人の自分』である理由が、だんだんと分かってきた。
振り返って見ればぼくには、物心(ものごころ)がついた子供の頃から、自分自身の癖(くせ)や性格の其処彼処(そこかしこ)に、『嫌い』な部分があったものだ。そういうものを自覚してしまった時など、じぶんは嫌な人間だと自己嫌悪に陥(おちい)ってしまったり、直さないといけないと思い悩んだり、最終的には忘れた振りを決め込んだりもしたものだが‥‥、成長して大人になっていくにつれ、取り立てて省(かえり)みるのも面倒になっていった。つまりは自己愛が勝(まさ)って、開き直ってしまったのだ。
もしかしたらヤツは、ぼくのそういう部分を全部集約し、『もう一人の自分として人格化してしまった存在』なのかも知れない。
ぼくが、ヤツの言葉を否定しながらも、結局のところ傾倒してしまうのもそのせいだ。
「俺はこれでも、おまえのためを思って口を出してるんだ‥」
何度目かの‥ヤツの恩着せがましい声が、ぼくの頭の中に聞こえた。
ヤツの存在に心当たりがあったぼくの精神状態は、幾分(いくぶん)落ち着きを取り戻していた。
しかしこれから先、聞きたくもない嫌な話をヤツからずけずけと聞かされる‥そんな予感めいたものがあった。
「ソラが旅立って‥ それを受け止めきれていないおまえの気持ちは‥理解できる‥‥」
そうら‥やっぱり始まった。一番聞きたくない、耳を塞(ふさ)ぎたくなる話だろう?
「受け止めきれないのは仕方がないが、おまえはそれをわざわざ‥全部背負い込もうとしてるんだろう」
ああ、良かった。これが頭の中だけで聞こえる声で。
ヤツにも、一応感謝しておこう。なぜなら、セナと、ヤツのコントロール下にあるぼくの体は、しっかりと手を繋いだまま、先の見通せない直線通路を、今も淡々と歩いている。この状態なら、ヤツがどんなことを口走ろうと、それに対してぼくがどんな無様(ぶざま)なリアクションをしようと、一切(いっさい)をセナに知られる心配はないからだ。
ヤツは続けた‥
「当然、背負い込もうとして背負いきれるもんじゃない。そんでもって、どうにかしようと踠(もが)いてるうちに、何をやっているのか‥どうしていいのやら‥分からなくなって‥‥‥ とうとうこんな気持ちの悪い世界を、創り出しちまったわけだろうが!」
次回へ続く