悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (268)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百二十三

当たり前のことだが、セナにぼくの『決意』を話して聞かせたものの、例の頭痛が早々(そうそう)都合よくやって来るとは考えにくかった。
ただ‥‥、頭痛を呼び寄せるものが、どんな『自問』に根差しているのかは心当たりがあった。
それは至極(しごく)当たり前の問いかけで、『いったい、ここはどういう場所で、ぼくは何故(なぜ)ここにいるのか?』というものだ。

そこまで分かっているのなら、すぐにでもそれらの疑問にしっかりとアプローチすべきなのだろうが‥‥、実はぼくには、襲って来る頭の痛みよりももっと、恐れていることがあったのだ。
それは‥、ぼくが意識していない状況下で度々(たびたび)表れて、何事かを口走る、『自分の中にいる(らしい‥)もう一人の人格』の存在である。
当然ぼくは、『そいつ』のことを知らない。実際に表れた時に一緒にいたセナの話から推測すると、『そいつ』の言動はやたらと感情的で粗暴(そぼう)な印象を受ける。『自分の知らない自分』『自分がコントロールできない自分』が存在しているという事実は、何よりもぼくを不安にさせた。
頭の激痛を必死で堪(こら)え、乗り越えた果てに『そいつ』が待ち構えているのだとしたら、その時ぼくはどう対処すればいいのだろうか? もしかしたら『そいつ』が、ぼくの人格とそっくり入れ替わることを企んでいたとして、それがその通りになってしまったら、今のぼくはどうなるのだろう‥‥‥‥‥

「 自分であるのに‥ 自分でない、自分‥‥か 」 ぼくは独り言を呟いた。正真正銘の独り言だった。
「 え? 何のこと?」その呟きを聞き逃さなかったセナが、ぼくの顔を覗き込むようにして言った。「もしかしてさっきから‥‥ ヒトデナシのこと 考えてる?」
「 いや‥ 違うよ。自分の中にあるかも知れない、もう一つの人格について‥、考えてたんだ‥‥‥」
「そう‥ なんだ‥‥」
会話は、そこで途切れた。
何故なら、その時、歩を進めている迷路通路前方から、幽(かす)かな歌声が流れて来たのを、セナもぼくも聞き逃さなかったからだ。

次回へ続く

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です