第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百二十一
ぼくの心の殻(から)を粉々にしかねない外部から(おそらく無意識下から)の謎の圧力と、ぼくの心が辛(かろ)うじて保持していた反発力とが、突如(とつじょ)として拮抗(きっこう)し始めたのだ。
その途端、砕け散るはずだったぼくの心の殻はドロドロに変質し、様々な意識や無意識下の感情を内在する混沌(こんとん)とした『境界ゾーン』と化したのだ。
そして、その『境界ゾーン』の内側にいつの間にか形を成していたのが、失った幼い娘の輪郭を持った『空白』。何をもってしても決して埋めることの出来ない『絶対的な空白』だった。
ぼくの心はその真ん中に、『ソラの空白』を生み出していたのだ。
果たして‥、ぼくの心は崩壊してしまったのだろうか? それともそれを免(まぬが)れて、新たな境地を得たのであろうか?
いずれにしても、出現した『ソラの空白』がぼくに教えたのは‥‥‥
どんなに嘆(なげ)いても、どんなに願おうとも、失ったものはもう永遠に戻らない‥‥‥という現実。
残っているのはただ‥‥心の中の‥ソラの輪郭をしただけの‥‥
完全なる空虚。
この世のどんなものもを以てしても、決して埋めることの叶わない‥‥
完全なる空白。
日々、ソラを失ったことを思い知らされる『ソラの空白』だった。
しかし、それでもぼくは懲りないでいたらしい。
ただの輪郭だけでも、ソラの形をしているなら、ぼくは大切にしようと思った。
愛そうとさえ、考えた。あれこれと、愛し方を模索した‥‥‥‥‥‥
そして‥‥ そんな時からだ。
ぼくのソラへのあらゆる感情は、結局『ソラの空白』にはじき出され、空白の周りにある『境界ゾーン』に、すべて吸収されていったのだ。すでに蟠(わだかま)っている‥意識や無意識が綯(な)い交(ま)ぜになった『混沌』のドロドロの中へと‥‥‥‥‥‥‥
今回の遠足のシナリオは‥‥、そんなぼくの心にある『混沌のスープ』の中から誕生した‥‥気がしてならない。
そこにはどうやら、ぼくの本心があり‥‥、ぼくの後悔があり‥‥、ぼくの願望が‥‥‥見え隠れしている気がする。だって、もしそれが当たっているのなら、すべてがぼく自身の心の中の風景なのだろうか‥‥。
だ‥けれども‥‥ やはり念を押すと‥‥、やはり身に覚えのないことは、本当に身に覚えがないのだ。知らなかったことは、本当に知らなかったのだ。
身に覚えがある気がしても、知っている気がしても‥‥、身に覚えはなくて、知らなかったのだ。
見ていたのに、見ていなかった。聞いていたのに、聞いていなかった。そんなのは‥よくあることだ。だけど、実際には、眼に映っていた光景は、網膜に像を結んでいただろうし、届いた音の波は、鼓膜を振動させていたに違いない。
人とはたぶん、そういうものだ‥‥‥‥‥‥‥
次回へ続く