悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (164)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百十九

「車内の床やシートが血まみれの送迎バス。その運転手が大人のヒカリさんだったことに、今は何か心当たりが‥ ある?」

セナの容赦のない質問を受け、ぼくは苦笑いをしてしまった。
「‥‥心当たりが、ない? ではなくて、心当たりが、ある? ‥て訊(き)くんだな」
「そうね‥ 確かにそう訊いた」
「つまりぼくが、何か隠し事をしてると思ってる‥‥」
「ええ 思ってる」 受け答えも容赦がなかった。

「‥わかった。正直に言うよ。実は、ぼくが君の見た夢から今‥思い当たるのは、決して良い未来だとは言えないものだった。だから、言わずに黙ってた‥‥‥」
「そうだったの」 セナは、「やっぱり!」と言う声も聞こえて来そうなほど納得した様に頷(うなず)いた。「でも、それじゃあ約束と違う。『私の夢の意味』については、感じることは何でも隠さず、二人で意見を交換し合うって決めていたじゃない」
「ごめん。約束を破るつもりはなかったんだ。『血まみれ送迎バスの夢』の話を聞かされた時、君の意識はまだ、小学二年生だった。ふたりで約束を交わしたのは、大人になって結婚してからだったので、君はまだそれを知らないはずだと考えてしまった‥‥‥‥」

ここで説明しておくと、セナの予知夢には『解釈の問題』がいつも付いて回った。
夢の内容が抽象的であることがほとんどで、その意味を知るには適切な解釈が必要だったのである。解釈が間違ってしまえば、予知夢の本当に意味していた未来とはまるで正反対の結論を出してしまうこともあったのだ。また、象徴的でもあって、例えば『テーブルの上に置かれたさり気ない小物一つ』が、これから起こる未来の全てを暗示していたこともあって、夢の中の細かなところまで注意を払わねばならなかった。

「だったら、今言って!たとえ良くない未来であっても、言ってみて! 私の意識はもう大人で、あなたのパートナーなんだから!」 セナは、小学二年生の風体の何もかもをどこかへ追いやってしまう勢いで、捲(まく)し立てて来た。
「わかったよ‥」 ぼくは彼女の言葉を受けて、まるで『親に叱られて観念した小学二年生』みたいに渋々承知した。

「ぼくが大人の姿をした‥送迎バスの運転手だったのは‥‥、遠足に参加したみんなを助け出して迎えのバスに乗せ、このハルサキ山から脱出させようとしていることを表しているんだと思う。しかし‥‥・」 ここでぼくは言葉を切った。透かさずセナが続ける。「しかし、バスの車内は誰一人乗ってない‥‥」
「ああ‥ 君以外はね‥‥」「それに‥」「ああ、それに‥、バスの中はリュックとか帽子とかが散乱し、シートも床もそこいら中が血まみれだ‥‥‥‥‥‥」
セナがいつの間にか、悲しい表情をしていた。
「つまり、ぼく達がみんなをここから連れ出してハルサキ山から逃げ果(おお)せることは出来ない。ぼく達の目論見(もくろみ)は、見事(みごと)失敗に終わるという‥暗示だ」

次回へ続く

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