第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百十七
先に入って行ったであろう風太郎先生やツジウラ ソノ、さらに葉子先生や他のみんなの後を追って‥この巨大迷路廃墟に足を踏み入れてすぐのことだった。ぼくとセナは確かに、奇妙な空間に迷い込んでいた。
迷路の仕切り壁がどこにあるのかも確認できない、先の見渡せない暗闇の空間だった。ただ‥、闇の奥から流れて来た読経が、通夜の最中らしい会場がこの先のどこかにあることを教えている‥ようだった。
その空間がいつの間にか消え失せ、仕切り壁にあちこち突き当たりながら迷路を歩けるようになった時、空間に迷い込んだこと自体が『暗闇の中の一時(いっとき)の幻覚』であったのだろうと思ってしまい、忘れかけていた‥‥‥‥‥
「 ‥‥確かに」 セナの問いかけに、ぼくはその一言だけを返した。
確かに、今彷徨(さまよ)っている迷路は、外から眺めていた廃墟の中味とは違う、『別の空間』なのかも知れない。
この遠足への『知らず知らずのうちの参加』を自覚してから、自分の身体が大人ではなく小学二年生のそれであって、背丈の違いから来る視界の低さや、歩幅の短さ、体力の違いを思い知らされていた。迷路の中を歩き始めてからも、空間の広さや距離感がしっかり把握しきれていない自分を感じていた。
「確かに、そんな気がする。どこがどう違っているかは、取り立てて言えないけど‥‥‥」
「だったら私たち、今どんな場所にいて、どこに向かってるんだろ?‥‥ このまま進んで、かまわないのかしら?」 セナがぼくに、これ以上にない真剣な口調で、再び問いかけてきた。
「すべては、『ヒトデナシ』の罠かも知れないね‥‥」 ぼくは軽口でも叩(たた)くみたいに言って退(の)けた。
ぼくは、この巨大迷路廃墟が、『ヒトデナシ』のアジトだと考えている。いや、間違いないことだ。そして『ヒトデナシ』は、人間(ひと)ではなく、底知れぬ能力で人間を翻弄(ほんろう)する『魔物』である。そんなことはもう、承知している。だからおそらく、これから先、どんな不測の事態に直面しても、然程(さほど)取り乱すことはないだろう‥‥‥‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 ぼくはこの時、実は不思議な感覚に囚(とら)われていた。奇妙な自覚が、生まれつつ‥あった。
「ヒカリさん‥‥ どうか‥した?」 余程(よほど)ぼくが、普通でない表情をしていたのだろう。セナが心配げに声をかけて来た。
すべての出来事が『ヒトデナシ』が仕掛けた罠だったとしても、それを承知でぼくは、飛び込んでいくのだろう。
なぜならぼくは最初から、何もかもに薄々感づいていて‥‥、その経過と結末までもを、すでに頭のどこかに描いていた‥‥‥気がするのだ。
次回へ続く