悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (265)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百二十

自分で言っておきながら‥‥ ぼくの解釈は全部が全部出鱈目(でたらめ)で、見当違いな代物(しろもの)である様な気がしていた‥‥‥‥‥


セナの予知夢はそのほとんどが、これから起こる出来事を見事に言い当てていて、ぼくは小学生の頃からそんな彼女の能力に心酔(しんすい)していた。
ただ‥、意味が明快な夢と違って、正しい解釈を必要とする難解な内容のものも必ずあって、そんな時、まだ小学生だった高木セナから「こんな‥へんてこな夢を見た‥」と話を持ち掛けられたのが、彼女に興味を示し始めていたぼくであった。
当然その時のぼくも彼女と同じ小学生であったわけだが、まだ発達途上の頭をあれこれと絞って、彼女の前で稚拙な推論を披露してみせたものだった。
結局‥そんな度重(たびかさ)なるやり取りが、ぼくと彼女との距離を少しづつ縮めていって、今に至ったわけなのだろうが‥‥‥‥‥

だからぼくには、どんな時であっても、セナの信頼を裏切る気持ちは毛頭(もうとう)ない。
当然今もそうであったし、これからもそうであり続けるだろう。
しかしながら、『ぼくが運転手を務める血まみれ送迎バス』の夢の解釈は、なぜかそういう訳にはいかなかったのだ。それはどうしてだろう?‥‥‥‥‥

さっき、セナに夢の解釈を話して聞かせている時、ぼくの心のどこかに、『見て見ぬふりをしている』という奇妙な感覚が存在していた。もっと言ってしまえば、『本当はすべてを知っているのだけれども、知っていてはいけない事なので、知らない事にしておこう』と自分自身が勝手に判断を下している感覚だ。

ぼくは、この遠足に参加していることを認識した当初から、実は『この遠足で起こる、すべてを知っている‥』あるいは『この世界で起こる、何もかもを承知している‥』という感覚が、心のどこか奥の方にすでに存在していたのを微(かす)かに憶えている。それは例えば、届けられた新聞に最初から挟まっている折り込み広告の束(たば)みたいに、ぼくの記憶の襞(ひだ)のところどころに勝手に挟まっていて、いつの間にか今まであった記憶と馴染(なじ)む様に徐々に同化していった‥本来ならば身に覚えのない記憶だったはずのものである。

娘のソラが旅立って以来、ぼくは生きる意味を見失い、それでも残された妻のため、ひいては自分自身のこれからのために精一杯、粛々(しゅくしゅく)と生きて来たつもりであった。しかし、そんな日常の中に身を置き続けることで、自分の心は知らぬ間に硬い殻(から)を纏(まと)い、その動きもただ内(うち)へ内(うち)へと向かう傾向に陥ってしまったのである‥‥‥‥‥‥‥

そんな時、ぼくの心の硬い殻に向かって突然、外からの謎の圧力が生じた。その圧力は日に日に大きなものとなり、このままでは、ぼくの心の殻は粉々に砕け散るだろうと恐れおののいた末(すえ)に覚悟を決めた時‥‥‥‥‥‥
その外部からの謎の圧力と、ぼくの心が辛(かろ)うじて保持していた反発力とが、突如(とつじょ)として拮抗(きっこう)し始めたのだった。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (264)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百十九

「車内の床やシートが血まみれの送迎バス。その運転手が大人のヒカリさんだったことに、今は何か心当たりが‥ ある?」

セナの容赦のない質問を受け、ぼくは苦笑いをしてしまった。
「‥‥心当たりが、ない? ではなくて、心当たりが、ある? ‥て訊(き)くんだな」
「そうね‥ 確かにそう訊いた」
「つまりぼくが、何か隠し事をしてると思ってる‥‥」
「ええ 思ってる」 受け答えも容赦がなかった。

「‥わかった。正直に言うよ。実は、ぼくが君の見た夢から今‥思い当たるのは、決して良い未来だとは言えないものだった。だから、言わずに黙ってた‥‥‥」
「そうだったの」 セナは、「やっぱり!」と言う声も聞こえて来そうなほど納得した様に頷(うなず)いた。「でも、それじゃあ約束と違う。『私の夢の意味』については、感じることは何でも隠さず、二人で意見を交換し合うって決めていたじゃない」
「ごめん。約束を破るつもりはなかったんだ。『血まみれ送迎バスの夢』の話を聞かされた時、君の意識はまだ、小学二年生だった。ふたりで約束を交わしたのは、大人になって結婚してからだったので、君はまだそれを知らないはずだと考えてしまった‥‥‥‥」

ここで説明しておくと、セナの予知夢には『解釈の問題』がいつも付いて回った。
夢の内容が抽象的であることがほとんどで、その意味を知るには適切な解釈が必要だったのである。解釈が間違ってしまえば、予知夢の本当に意味していた未来とはまるで正反対の結論を出してしまうこともあったのだ。また、象徴的でもあって、例えば『テーブルの上に置かれたさり気ない小物一つ』が、これから起こる未来の全てを暗示していたこともあって、夢の中の細かなところまで注意を払わねばならなかった。

「だったら、今言って!たとえ良くない未来であっても、言ってみて! 私の意識はもう大人で、あなたのパートナーなんだから!」 セナは、小学二年生の風体の何もかもをどこかへ追いやってしまう勢いで、捲(まく)し立てて来た。
「わかったよ‥」 ぼくは彼女の言葉を受けて、まるで『親に叱られて観念した小学二年生』みたいに渋々承知した。

「ぼくが大人の姿をした‥送迎バスの運転手だったのは‥‥、遠足に参加したみんなを助け出して迎えのバスに乗せ、このハルサキ山から脱出させようとしていることを表しているんだと思う。しかし‥‥・」 ここでぼくは言葉を切った。透かさずセナが続ける。「しかし、バスの車内は誰一人乗ってない‥‥」
「ああ‥ 君以外はね‥‥」「それに‥」「ああ、それに‥、バスの中はリュックとか帽子とかが散乱し、シートも床もそこいら中が血まみれだ‥‥‥‥‥‥」
セナがいつの間にか、悲しい表情をしていた。
「つまり、ぼく達がみんなをここから連れ出してハルサキ山から逃げ果(おお)せることは出来ない。ぼく達の目論見(もくろみ)は、見事(みごと)失敗に終わるという‥暗示だ」

次回へ続く