第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百六
最愛の娘『ソラ』を失った‥‥。
そして‥いつの間にか‥、ソラの輪郭だけが抜け殻の様に残って、中身が完全なる空洞の、『ソラの空白』が僕の心の真ん中に出現していた。
その、娘の輪郭と名前を持つ『空白』は、この世のどんな物質や事象を投入しようとも一切埋まらず、悲しみを紛らわそうとして掻き集めて来たそれらは全て弾き出され、『空白』の縁(ふち)の外、ソラの輪郭のあちらこちらに付着して、だんだんと溜まっていく感覚があった。
最初は鮮明に娘の愛らしさを保持していると思い込んでいたソラの輪郭だったが、嘆き悲しむ日々を遣り過ごす知らず知らずのうちに、歪(いびつ)に変形し、且(か)つ肥大化して、その容子(ようす)が刻々とまるで生き物の様に変化していくのを朧(おぼろ)げに認識できた。
その変容と共に僕の心が‥‥、僕の精神が‥‥、壊れようとしているのかも知れない‥‥‥‥
自分の知らないうちに口から漏れ出してしまっている『独り言』が、その兆(きざ)しの一つだと考えて間違いはないだろう。
問題なのは、その壊れ方だろうか?
僕の心が今のまま、『ソラの空白』を心の中に頑(かたく)なに維持し続けようとしているとする。それでも自分を護ろうとする本能がその空白を埋めようと自然に働いて、結局は弾き出されてしまう『所詮(しょせん)ただのすり替えの慰(なぐさ)みに過ぎない様々な異物』がそのまま『空白』の縁の外に蓄積し、ソラの輪郭を全く予想だにしない形状へと、更に‥もしかしたら途方もない負のエネルギーを内在した危うい塊(かたまり)へと変容を遂げていたとしたら‥‥‥、はたして僕の心は最終的にどうなってしまう‥だろう??
「破裂して粉微塵(こなみじん)に‥砕け散るか‥‥‥」それとも、現実的に、「大声で何かを喚(わめ)き散らし出すか‥‥、暴れ出して手当たり次第に何もかもを破壊してまわる‥‥‥か‥」
「‥それはダメだ。そんなことをしたら、妻に怪我をさせるし、悲しませる‥‥」それだけは絶対、避けなければならない‥‥‥‥‥
「待てよ?」‥そう言えば、さっき聞こえた自分自身の独り言。「確か‥ おまえらみんな、くたばっちまえ!」‥だった。
「そうだよ、怒っていた‥」‥きっと僕自身のどこかが今、何かを憎んでいるのでは‥あるまいか?
「ああ‥そうだよきっと。‥で、いったい何を憎んでる? 人か? この世の中か??‥‥」
どこまでが『声に出したこと』で、どこまでが『頭の中で思ったこと』だったのか、区別がつかない奇妙な自問自答だったが‥‥、おそらく僕はその時すでに答えを持っているはずだと‥‥、独り言みたいに頭の中で思った。
次回へ続く