第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三
全身から力が抜けていき、ただ立っているのがやっとといった茫然自失の‥‥、そんな喪失感。
気がつけばさざ波のごとく始まって、やがてはすべてをのみ込む大波となって一気に押し寄せて来る‥絞めつける様な悲しみ。
僕と妻は、『やはり自分たちは、大切なものを失ってしまったのだ‥‥』と途方に暮れ、二人そろって涙を流しながら、その場に座り込んでしまうのだった‥‥‥‥‥
何処へも踏み出せないし、何も為せない。ただただ疲弊していくだけの毎日が、過ぎ去って行く。
当然、このままではいけないと分かっていて、『何とかしなければ‥』とは考えるが、『何とかしようとして、何になる?』とか『何とかしたなら、娘が生き返ってくるのか?』などと顔を背けてしまう。
人は言う。「亡くなった娘さんのためにも、しっかりしないでどうするんですか」「この先の人生はまだまだ長いのです。新しい生きがい、新しい幸せがきっと見つかります」‥と。
しかし、妻はともかく、僕の中には、ソラの形をした『ソラの空白』が歴然と存在していた。そして、その空白が埋まらない限り、今のこの状態は僕が死ぬまで続いていくだろうという事は分かっていた。的確なカウンセラーの言葉や厚い信仰が、その空白を埋める方法を指し示してくれるかもしれないと時々考えたりはしたが、結局僕はそれを望まないでいる。
なぜなら僕は、だんだんとその空白を、『ソラの存在』と等価のものとして、大切にしようと考え始めていたからだ。たとえそれが、自分のこれからの残された人生を、棒に振ってしまう結果になったとしてもだ‥‥‥‥‥
ただ、妻には、僕と同じ『まね』はしてほしくはない。彼女には、強くなって今を乗り越え、いつか心安らぐ時を手に入れてほしいと願っている。そのためには、どんなことでもするつもりだ。
娘の死後の‥『ソラを失ってしまったという自覚』が、自分の心の真ん中に『ソラの空白』を出現させたものであろうか‥‥。そんな『ソラの空白』を、この先損ねることなく、『ソラの空白』とまるで心中でもするが如(ごと)き覚悟を決めた僕だったが‥‥、いつしかそれがまったくの予期せぬ感情を呼び起こしていくきっかけになっていこうとは‥‥、僕自身も『その時』まで気づかなかった‥‥‥‥‥‥
次回へ続く