悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (215)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百

「ひどい言い方かもしれないけど、ランちゃんもこのままにしておくしか‥ないみたいだ」
ぼくは、黙ったままで涙をぽろぽろ流し続けている高木セナに語りかけた。

「さっきは言いそびれたけど‥ 首と胴体が千切れて死んでいた人が、次に見た時はその全部がちゃんとくっついて、何事もなかったみたいに歩いてたんだ‥‥」
そんなぼくの言葉を聞いた高木セナは、複雑な表情を浮かべてこちらを見た。
「‥‥‥‥‥それってもしかして、風太郎先生のこと?」少し間を置いてから、彼女が質問してきた。
「ああ‥」もう隠す必要もないだろう。ぼくは頷(うなず)いた。「君がこの廃墟まで後をつけて来た葉子先生だって、林の中ですでに死んでいた‥はずなんだ‥‥」

「‥‥‥わかった」そう言って高木セナはやっと、倒れているランちゃんに背中を向けた。
ぼくは、力が抜けて垂れ下がっていた彼女の手を静かに取って、「行こう‥」と言った。

と‥ その時、これから向かおうとしていた直線通路の前方、おそらくその突き当たりの角を右に折れた奥からだろう、複数の足が地面を雑多に踏みながら近づいて来る『人の気配』を感じ取った。
「だっ 誰かやって来る」ぼくは高木セナに耳打ちした。
そして咄嗟(とっさ)に、今ここで『やって来る誰かたち』と出くわすより、できればやり過ごしてしまう方が得策ではないかと判断した。辺りを見回し、ぼくと高木セナふたりが身を潜(ひそ)ませる場所はないものかと探した。
「ん?!」前方に五メート程伸びる通路の左半(なか)ば辺り、絡まって垂れ下がったツタの塊(かたまり)に誤魔化されて見過ごしてしまいそうな窪みを見つけた。明らかにそこは通路の分岐(ぶんき)である。「あそこまで、走れるか?」ぼくは高木セナに声を掛け、返事を待たず、彼女の手を引いて走り出していた。

ダッ!!
ぼく達が分岐した通路に飛び込むのと、『やって来た誰かたち』が直線通路に姿を現したのは、ほとんど同時ではなかったかと思う。
ぼくと高木セナは息を殺し、足音を忍ばせて、左通路の出来るだけ奥へと身を運んだ。そして直ぐ様(すぐさま)、仕切り壁にピタリとへばりついて、一切(いっさい)の動きを止めた。
耳をそばだてると、『やって来た誰かたち』の複数の足音が、直線の通路をだんだん近づいて来るのが分かった。
ぼくは、『誰かたち』がこちら側の通路には目もくれず、そのまま真っすぐ、だだ真っすぐに通り過ぎて行ってくれることを‥願った。

次回へ続く

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