悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (211)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その九十六

「アラ‥タ??」
「アラタ‥くん???」

一体、アラタは‥‥ 何をやっているのだ?‥‥
ぼくと高木セナは呆気(あっけ)にとられ、ただ見ているしかなかった。

そして、アラタは‥‥、四つ‥ 五つ‥ 六つ‥と‥、『切断された自分の左腕の断面を押し付けて、真っ赤な血で出来た歪(いびつ)な丸を壁にしるしていく』行為をさらに続けながら、ゆっくりと覚束(おぼつか)ない足取りで、こちらに進んで来た。
ぼく達はそんなアラタを止めることも出来ずに黙って彼に道を譲(ゆず)り、やはりただ見ているしかなかった。

「あっ!!」
しばらくして、ぼくの後ろに隠れる様にしてアラタが通り過ぎるのを見守っていた高木セナが、いきなり声を上げた。「見て!! ヒカリくん」彼女は首を横に向け、アラタがこれまで通って来た通路の奥の方を指差している。
「壁! 壁よ! 右も左も両側! ずっと‥‥」
ぼくはすぐさま振り向いて、高木セナの指し示す方を見たが、咄嗟には彼女が何を指摘しているのかが分からなかった。‥が、次の瞬間、「あっ!!」とぼくも思わず声を上げてしまった。

彼女の言う通り、奥からここまでの通路の、両側の壁には‥‥、アラタが今して来たのと同じ様にしてしるされたのであろう『歪(いびつ)な血色の赤い丸』が、いたる所に満ち満ちていたのだ。
つまりアラタは、切断された自分の左腕の断面をスタンプみたいに壁に押し付けていく『作業』を、ここに来るまでずっとずっと、続けて来ていたのだ‥‥‥‥‥

「一体全体‥‥こいつは何なんだ?? 何か特別な意味でも‥あるのか?‥‥‥」ぼくの口から、そんな呻(うめ)き声が漏れていた。

次回へ続く