悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (102)

第三夜〇流星群の夜 その十六

僕はその日、二人っきりで話せる場所を選んで、彼女と会う約束をした。
首都圏郊外にあって、条件の良い夜には満天の星を望めるお気に入りの丘である。

僕と彼女は、小高い丘の頂上付近に寄り添う様に腰を下ろした。
久しぶりに再会した彼女は、「謎の病」によって相次いで両親を失い、ひとりぼっちになっていた。
会うのはおろか連絡すらつかなかった今日までの九ヶ月余りの間の出来事を、彼女は切々と語り始めた。中途半端な慰めの言葉を挟む事なく、僕は黙ってそれを聞いていた。

「お父さんとお母さんは‥‥‥星になるのよ‥‥‥‥‥」
彼女は星空を見上げ、まるで自分自身に言い聞かせる様に今夜何度目かになる同じ台詞(セリフ)を呟いた。頷(うなず)く代わりに僕も、頭上にきらめく無数の星々を改めて仰ぎ見る。
「軌道エレベーター計画」が実行に移されれば、謎の病の犠牲となった他の人々と共に彼女の両親の体も、放射性廃棄物として宇宙空間に投棄されていくだろう。硬く手を繋いだまま宇宙を漂う彼女の父と母、その二人の姿が目に浮かんだ。
「君の父さんの考えが正しければ‥‥・、宇宙空間に放出されてもみんな生き続けられるはずだ。みんなの体の時間が止まったままでいる限り、決して損なわれることはない。『違う時間の流れ』と言う宇宙服を身にまとっているみたいなものだからね」
僕の言葉に彼女は、今夜初めての笑顔を見せた。
「すてき。もしかしたら長い長い時間をかけて、遥か遠くの惑星に流れ着くかも知れない‥‥。そうしたらまた止まっていた時間が動き出して、きっとその星で暮らしていくんだわ‥‥‥‥」
僕はゆっくりと頷いていた。彼女の父親が残していった考えは、僕の心をも捉え始めていた。それには希望の温(ぬく)もりがあった。

「私も‥‥‥すぐに行く。きっとすぐに‥‥‥‥‥‥‥」しばらくの沈黙の後、彼女はぼそりと言った。
僕はその言葉に、今夜彼女と再会した瞬間に微かに感じた違和感みたいなものを思い出していた。その正体は、辛い経験をしてきた彼女の精神から来るものだと納得しようとしていたが、今は明らかに彼女の肉体から感じ取れたものだと分かった。

彼女はすでに謎の病にかかって‥‥・硬くなり始めている‥‥‥‥‥‥‥‥‥

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (101)

第三夜〇流星群の夜 その十五

昨日まで当たり前に享受できていたはずの日常が‥‥その何もかもの礎(いしずえ)がぐらぐらと揺らぎ始め、見る見るうちに崩れ出していった。
人を石の様に変えてしまう「謎の病」。それが世界で、そしてこの日本で初めて確認されてから、すでに一年と八ヶ月が経っていた。

その朝、僕は都内にある自宅のベッドの上で、遅く目を覚ました。
部屋にある掛け時計はすでに十時を回っている。寝息の様な小さなため息を一つついて、まだしばらく横になっていた。
別段、出掛ける予定はない。食料日用品で配給制になった品目の、幾つかのお店を回っての調達は僕の役目だが、今日は配給がない。大学の受講にしたってほとんどが「リモート」になって久しく、今日デスクトップの前に座るのは午後の一講義だけだ。昼過ぎに起きたところで、両親ももはやとがめない。
気力が萎えている。いつもいつも不安を抱えている。未来が予測できないし、自分の将来も見通せない。一昨日、就活中の先輩から聞いた話だが、会社面接もリモートだったらしい。このご時世、求人のある健全な企業も限られていて、やっとの事で面接まで漕ぎ着けて始まったのはいいのだが、途中から面接官の呂律(ろれつ)が怪しくなっていきやがて何も喋らなくなった。慌てて数人に席から運び出される様子がモニターに映し出された段階で、その面接は急きょ中止になったそうだ。先輩は最後にこう付け加えた。放射性廃棄物となった遺体の仮置き場に、野球場とかのスタジアムが選ばれた理由が分かった気がしたと。「謎の病の犠牲者には座ったままで硬くなった遺体が多いから、きっと観客席を使ってるんだよ。観客席に並べて行くんだ。それ以外の横たわった遺体はグラウンドに寝かせて行けばキレイに整理がつく‥‥」皮肉を込めた冗談のつもりだったのだろうが、まったく笑えなかった。その光景が鮮明に目に浮かんで、逆に気が滅入った。
謎の病での犠牲者の数とは比較にはならないが、ここ一年で自殺者の数が急激に増加していた。特に若年層の占める割合が顕著だった‥‥‥‥‥‥

ベッドに寝転んだまま、もう一度壁の掛け時計に目をやった。
「え?‥」
今、一瞬‥‥、掛け時計の秒針が十二秒ほどの範囲を、すごい速さで進んで行った気がした。一秒間位で十二秒進んだみたいに見えたのだ。
ベッドから飛び起きて目をこすった。再度時計を見、秒針だけを目で追い続けた。一周‥‥‥‥二周‥‥‥‥‥‥‥

もう‥何も起きなかった。きっと寝ぼけていたのだろう。そう思った丁度その時、スマホに着信があった。
彼女からだった。

完全に目が覚めた。彼女と話すのは久しぶりだった。随分会っていなかったし、最近は音信不通状態が続いていたのだ。
「会って‥話したいことがあるの‥‥・」彼女は抑揚のない声で、そう言った。

次回へ続く