第三夜〇流星群の夜 その十七
「私‥・これまでに何度も、このまま時間が止まればいいと思ったことがあるの‥‥‥‥」
満天の星を仰ぎ見ながら、唐突に彼女が言った。
「すごく楽しかったり、幸せを感じる瞬間て‥あっと言う間に通り過ぎて行くでしょ。ずっとこのままでいたい、いさせてって願っても、夢から覚めるみたいに必ず終わってしまう。だからしょうがないから、またそんなすてきな瞬間がやって来ないかなあと待ち焦がれることになるの。でも次にそれがやって来るまでには大抵、単調で退屈な毎日を際限のないくらいやり過ごさなければならないのよ‥‥‥‥‥‥」
確かにその通りだと、僕は頷(うなず)いて見せた。
「でも今はそんな‥‥単調で退屈だった毎日もなかなか味わえなくなってしまった‥‥‥‥」
星空から視線を戻し今度は彼女が頷いた。そして真っすぐ僕の顔を見つめた。
「実際に時間が止まるのなら、そんなことが本当に起こるのなら、せめて自分が望んで選択した瞬間で止まってほしい、そう思ったの。だからあなたに電話した。あなたに会うことを決めたのよ」
彼女の、思いのつまった言葉と、迷いのない視線。僕はそれらを、精一杯、真正面から受け止めていた。
彼女の肩ごしに星が一つ流れた。
「今夜君と会った時から‥‥‥そんな気がしてた。確かな症状が‥あるんだね」僕は出来うる限り平静を装って、彼女に質問した。「いつからなんだい?」
「‥一昨日(おととい)の夜あたりから‥‥‥‥。知らない間に、時間が経っていることが何回かあったの。5分とか10分とか‥。最近ぼーっとしてることが多かったから気にも留めなかったんだけど、昨日になって体がだんだんと重たくなっている感じがしてきて‥‥‥‥‥」
「けん怠感‥‥か」
「私‥、お母さんが疲れが出てくるみたいにだんだん硬くなっていくのを見ていたから、それと同(おんな)じなんだと分かる。もうすぐきっと‥‥‥ちゃんと喋ったり動いたり、できなくなると思う」
「‥‥そうか‥‥‥‥‥‥」僕は思わず彼女の肩に手を回した。思わず、引き寄せていた。
「ありがとう。私のわがままに付き合ってくれて‥‥・」彼女は僕の肩に静かに頭をもたせ掛け、小さな声で言った。
彼女をこんなに愛おしく感じた事は今まで無かっただろう。彼女のこの華奢(きゃしゃ)な体が、石の様に硬くなっていくのかと考えると、込み上げてくるものがあった。
と‥・、その愛おしい感情とは混在しない別の冷静な感情がどこかにあって、頭の中に一つの映像を鮮明に浮かび上がらせていた。それは今朝の自分の部屋での出来事。壁の掛け時計の秒針が、十二秒ほどの範囲を一秒ほどの感覚の間に一気に通り過ぎていった光景‥‥‥‥‥‥‥
もしかしたらあれは錯覚でも何でもなくて、紛れもなく「謎の病」の症状の始まりだったのかも知れない‥‥‥‥。
彼女から聞いた、謎の病に対しての彼女の父親の考察は、僕にその事を自覚させるだけの真実味を持っていた。
次回へ続く