第一夜〇タイムカプセルの夜 その十三
校庭のそこかしこで蝉がまだ鳴いている。
夏休みは終わったというのに、蝉たちだけがまだ休みの続きを謳歌している気がして羨(うらや)ましかった。
小学六年生の二学期の始まりの日、夏休みの宿題と一緒に気怠さを抱えて教室に入った俺は、すでに席に着いて周りの女子と言葉を交わしている委員長の姿に、思わず目を奪われた。
委員長が、ヘアバンドをしていたのだ。
運動会でリレーの選手に選ばれた委員長の赤いはちまき姿を見たことはあったが、そんな彼女を見るのは初めてだった。光沢のある深い青色で幾らか幅広のそのヘアバンドは随分とおしゃれで、何よりも彼女によく似合っていた。
クラスのみんなが注目しているのが分かる。俺はドキドキした。そして何故だか、気後れする自分を感じた。
それは、彼女の品格をより際立たせる効果を持つ絶妙のアイテムだった。
委員長がおしゃれしようがしまいが、俺のすることに何ら変わりはない。俺はそう強く思った。必ずもう一度彼女の「あの表情」を引き出して、彼女も俺たちと同じ小学生だということをしっかりと確かめてやる。
その日の学校でのスケジュールは「帰りの学活」を済ませて、後は割り当てられたそれぞれの場所を掃除して下校するだけとなった。
掃除にかかる前に俺は、早速委員長に仕掛ける虫を仕入れようと、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下に出た。
手入れのされた中庭に、雨除けの屋根の下を簀の子の板が数メートル敷いてある。花の時期がとうに終わったツツジ 紫陽花が建物沿いに低い垣根を造り、桜の木が三本、緑の葉を茂らせていた。ここなら上履きを履いたままで、適当な虫を見つけられそうだった。
渡り廊下から外れ下草に足を踏み入れた時、桜の木の陰に誰かいることに気がついた。
「ん?‥」
よくよく見てみると‥‥そこに立っていたのは紛れもなく、委員長であった。
「ねえ‥・」
委員長の呼びかけで俺は我に返った。
振り向くと委員長は、床に撒かれた画鋲を靴できれいに搔き分けながら通り抜け、画鋲が途切れたあたりの廊下の先にすでに立っていた。
掲示スペースにあった一枚を剥がして隠したことを委員長が気に留めていない様子に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「い‥今行くよ‥‥」
委員長が作ってくれた道を辿って彼女のところまで行く。
連絡通路は終わり、次の棟の廊下が左右に、何の障害物も無くひらけていた。
「‥ねえ‥‥聞こえない?」委員長が廊下右手の前方を目を細めて見ながら、小声で言った。
俺は耳を澄ませた。「‥‥‥‥‥‥」
幽(かす)かだが‥‥‥確かに聞こえた。
誰かがいとも悲し気に‥‥すすり泣いて‥いた。
次回へ続く