悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (10)

序〇糞(ふん) その十
「母さん‥‥‥」
後悔と自責の念の大波が押し寄せて渦をまき、男を飲み込もうとしていた。
それでも踏ん張っていられたのは、本来の男の人格が終始一貫して、客観的な足場をしっかりと保持し続けていたからである。

ポツリ、ポツンと、水滴が男の顔を打った。
鉛色の空が、ついに泣き出したのか。
‥と、その雨には色彩があった。
赤い‥‥まるで血のような赤色。
辺りが真っ赤に染まっていく。
男は、老女と車椅子を支えたまま天を仰いだ。しかし、赤い雨は空からではなく、丘の頂上から降り注いでいた。

丘の頂上には女が、歪(いびつ)なシルエットで立っていた。女には首が無くなっていた。
赤い雨は、女の胴体から勢いよく噴き出していた。

女の右手には、大振りのナイフが握られていて、自らの手で首を切り落としたのだと知れた。

この道は いつか来た道
ああ そうだよ

歌が聞こえている。
首の無い女が、歌い続けている。

降り続く血で赤くかすむ目を凝らして見ると、女の胸元に、文字通り皮一枚で辛うじて繋がった首が、逆さまにぶら下がって揺れていた。
首が‥・歌っていた。

男が絶叫した。
本来の男も、気が遠くなっていくのを感じた‥‥‥‥

次回へ続く