第五話「月の石」 その九
1970年9月、半年間続いた「日本万国博覧会」は閉幕しました。
自らの少年時代を振り返るに、来るべき未来に希望を抱いて夢を追いかけていた子供だったかというとまったくそうではなく、時の流れに身をまかせて生きるのが精一杯のちっぽけで卑屈な少年でした。
様々なものに過剰に反応し、いたる所に「闇」を見いだしては怯えている。社会の欺瞞にうすうす気付いていて、大人の顔色を窺いながら日々暮らしている。
世界ではいつもどこかで戦争をしていて、世の中には地球を何回も消し去る事のできる程の核爆弾が存在している。分かり合えない人々や国。ボタンひとつで忽然と消え失せてしまうかもしれない未来‥‥‥
子供らしくテレビアニメや特撮映画に胸を躍らせ、作り上げたプラモデルを掌にのせあらゆる角度から眺めて空想に浸る事はありましたが、本当に一番欲していたのは「安心」してうたた寝ができる平和だったのかもしれません。
小学六年生の私に時代が運んでくれた「日本万国博覧会」という体験。
それはつかの間ですが、未来を夢見る方法をあらためて教えてくれ科学技術進歩の足音を確かに聞かせてくれました。
夢の大パノラマは、今も私の胸の中にしっかりとした温度をもって存在しています。
最後に今一度、「月の石」とは何だったのか?
政治的な思惑にまみれ、途方もないお金を費やして成し遂げられた有人月面探査であったかもしれませんが、その成果のひとつ「月の石」がたくさんの観客を集めたのは紛れもない事実です。人々はおそらく「月の石」の存在を共有したいと願い、つまりは「夢を見たい」と願ったのだと思います。人類はまだまだやれるんだと。近い将来、月へ旅行できる日が必ずやって来るに違いないと‥‥。